触れたくて、行人


「全く、お姉さまったら急に夕飯にお魚が食べたいだなんて…」
 釣竿を持ち、腰に魚籠(びく)を提げた紺袴の巫女服の少女が、ツインテイルを揺らしながら森の中を歩いていた。
 昼間は掃除に洗濯と、押し付けられた仕事を終らせて、
 これから夕飯の準備の時間まで愛しの少年との逢瀬を謳歌せんと言う時になって――
『あやね、夕飯はお魚が食べたいわ…』
 もぐもぐと、オヤツの饅頭を食べていた暴虐なる姉からの絶対命令が下ったのだった。
『え?だってお姉さま、昨日は夕飯にお鍋が食べたいって言っていたじゃない。
 それに、私は今から行人様に会いに行こうと思って――』
 づどむ――
 藁人形に鋭利な五寸釘が深々と突き立てられるのと同時に、
 少女の口から「おぎぃやぁぁぁああぁぁっ!!」と、およそ少女らしからぬ断末魔が迸った。
『解ったわ。それじゃあ、今日の夕飯にはお魚も食べたくなったの…。ふふ…』
 そう言い残し、悶絶する妹を一瞥した姉は家の奥へとオヤツの饅頭を持って消えていったのだった。
「はぁ…。本当は今頃、行人様と一緒に甘いひと時を過ごす筈だったのに…」
 あやねはそう呟くと、再び大きな溜息を吐いた。
 姉が所望した魚を食卓に奉じなければ、待っているのは先ほどの地獄の責め苦である。
 夕飯までに何としても釣果を上げなければ、発狂の一歩手前まで七転八倒させられる羽目になるのだ。
 あやねも呪詛返しなどが使えればまちにこの様な目に遭わされず済むのだが、
 生憎とあやねはそこまで巫女として優秀ではない。
 それどころか呪いの反動である逆凪(さかなぎ)すら平然と受け流す程に卓越した巫女の力を持っているまちからは、
 何かの暇潰しに新しい呪術の実験台にされる始末である。
「いつか、絶対に見返してやるんだから…!!」
 そう息を巻いてみせるものの、長年虐げられてきた所為で骨身に刷り込まれた姉への服従根性が
 どんよりとあやねを消沈させてしまうのだった。
 そのまま森の中をとぼとぼ歩いて、あやねが目的地の川へと辿りついた時であった。
「あれ?行人様?」
 そう呟いたあやねの視線の先には同じく夕飯に魚を釣りに来ていたのだろう、
 傍らに魚籠を置いて釣り糸を垂らしている行人の姿があった。
「あれ?あやねも魚釣りに来たんだ?」
「えぇ、お姉さまがいきなり夕飯にお魚がどうしても食べたいって言うもんだから…」
「あはは、それでまちに頼まれて釣りに来たんだね」
 本当は脅迫なのだと声高に叫びたかったのだが、勘の良い姉からの遠距離攻撃を警戒したあやねはそこは
 ぐっ、と堪え、諦観の表情で肩を竦ませた。
 と、
「あ………?」
「あら………?」
 ぽつり、ぽつりと空から大粒の雫が降り始め、
「やばっ」
「げ」
 と声を上げる頃には、雷鳴と一緒に叩き付ける様な激しい夕立が二人に降り掛かっていた。
「あやね、そこの木で雨宿りしよう…!!」
「うん、行人様…!!」
 ぱしゃぱしゃと泥を跳ねらせながら、行人とあやねは近くの木まで走って行った。
「うわ〜。これは結構強いね」
 参った、とばかりに行人が隣のあやねにそんな表情で笑い掛けてきた。
 その行人の仕草に、あやねの中でさっきまでの心の暗雲を晴らすような一条の光が差し込んできた。
(こ、これはひょっとして、行人様との二人きりのチャンスかもしれないわ。ううん、チャンスにしなきゃいけないわ…!!)
 と、あやねが思ったのも束の間。
「あ、どうやら止んだみたいだね」
「ははははは…。そうね、行人様…」
 鈍色の雲の隙間から指す陽光が、眩しく二人を照らしていたのだった。
「勢いは凄かったけど、単なる通り雨で良かったよ。あんまり降られると、濡れて帰らなくちゃならなかったかもしれないしね」
 行人がホッとした溜息を吐いた。

 今から魚を釣ろうと川原に入ったあやねだったが、一方の行人は帰り支度を始めようとしているところであった。
「あれ?行人様、もう帰っちゃうの?」
「うん、ボクはもう十分釣れたし」
 そう言うと、行人はずしりと身の入っている魚籠を掲げた。
 考えてみればさっき来たばかりのあやねとは違い、今まで釣りをしていた行人が魚を釣り上げているのは当然だろう。
 行人と一緒に帰ろうにも、釣果ゼロの坊主ではまちの仕置きが待っている。
「あ…。行人様…」
 「もうちょっと一緒に――」そう続いたあやねの言葉は、けたたましい地鳴りによって掻き消された。
「え?」
 目を向けたあやねの先では、突如川上から濁った土色の激流が川原を飲み込みながら襲い掛かって来ていた。
「鉄砲水だっ!!あやね、危ないっ!!」
 咄嗟に行人があやねの手を掴んだ。
 その力強さに、思わずあやねの鼓動がどきりと高鳴った。
 瞬間。
「きゃあっ!?」
「しまっ――」
 岩で殴られた様な衝撃に、あやねの意識は途絶えた。

「――ね!!、……ゃね!!」
 誰かの呼ぶ声に、あやねの意識が掬い上げられた。
「いくと…、さま…?」
「あやねっ!!良かった、無事だったんだねっ!?」
 ぼんやりと映る視界には、心配そうに覗き込んでいる行人が居た。
「ここは、何処なの…?」
「さぁ?大分流されたから何処かは判らないけど、一応安全な所だと思う…」
 見渡してみれば、二人は水の中ではなく、周囲が岩に囲まれている洞窟の様な場所にいた。
 ふと辺りを照らす明かりを見てみれば、行人が熾したと思われる焚き火がパチパチと火の粉を撒きながら爆ぜていた。
「丁度川の角の外側を流されていたから、その儘岩の壁の隙間に掴まったんだ。
 そしてここは川に住んでた動物の巣だったみたいで、その巣の枝で火を熾したってワケ」
 「もう大丈夫だと思うよ?」そう言って行人はあやねに微笑んだ。それで、あやねの緊張が解けた所為だろうか。
 きゅるるる〜………。
「………」
「………」
 控えめだが、しっかりと自己主張する音が二人の間に鳴り響いた。
「ち、違うの!!行人様!!これはその、そうじゃなくて…!!」
 慌ててあやねが身を起こし、ぶんぶんと首を振って否定したが、
 行人はそんなあやねに微笑むと腰に提げていた魚籠(びく)を開け、そこから川魚を取り出した。
「良かった。お腹が減るって言うのは、ちゃんとあやねの体が元気な証拠だよ。
 もし酷い怪我とかしてたら、食べる事も出来ないからね」
 安心した表情で行人は辺りから串に使えそうな枝を取り、ワタを取った魚を次々と火で炙り始めた。
「何だか濡れてて、気持ちが悪いわ…」
 泥水で汚れた服に包まれたあやねが身を震わせた。この儘では体温も奪われて体調を崩すかもしれない。
 そう思ったあやねは、しゅるっ、と袴の帯を解いた。
「あ、あやね?」
 そんなあやねの行動に、行人が裏返った声を出した。
「な、何で脱いでるの?」
「だって、濡れた儘じゃ風邪引いちゃうもの」
 確かに、この場所に来た行人も火を熾した後は最初に濡れた服を絞っていた。
 そう考えれば、目を覚ましたあやねも服を脱ぐか乾かしたくなるもの仕方が無い事だろう。
「ぼ、ボクは魚の方見てるから…!!」
 行人は服を脱ぎ始めたあやねに背を向けると、黙って魚の焼け具合の調節する事に没頭するのだった。

 そんな行人を見て、あやねは首を傾げてしまう。
 (行人様ったら、どうしていつもこうなのかしら…?)
 島に流れ着いてから、行人は頑なに自分の裸を見ようとはしなかった。
 行人は男で、そして自分たちは女の子だから恥ずかしいと言って逃げていた。
 それなら自分も恥ずかしい筈である。だが、自分にそんな事など一切無かったのだった。
 つまりは、行人の感覚の方が変と言う事なのだ。
(はっ!?もしかして、行人様は私の貧そ――じゃなかった。”すれんだぁ”な体型には興味が無いって言うんじゃ…!?)
 行人と一緒に住んでいるすずの姿があやねの脳裏に浮かんだ。
 決して負けている等とは思わないが、万が一、
 万が一行人の好みがすずの様な”ないすばでぃ”な体型の方であれば断然すずの方が有利になってしまう。
 行人は一体、どちらの体型が好きなのだろうか。その真意を確かめようと思わずあやねは振り返り――
「あ………」
 行人の背中に滲んでいた血染みを見つけてしまったのだった。
「行人様…」
「ん〜?何、もう振り返って大丈夫なの?あやね」
 背中で返事をする行人に、あやねがそっと身を寄せた。
「あ、あやね…?」
 背中に寄り掛かってきたあやねに、行人はトーンの上がった声を出してしまう。
 背中のシャツ越しに感じるのは、ふにっとした柔らかい感触とあやねの鼓動だった。
「行人様、怪我してるじゃない…」
 いつもなら鼻血を噴いて卒倒する行人であったが、あやねのその言葉に辛うじて耐えた。
「わたしを助ける為に怪我したの…?」
「いや〜、岩壁にしがみ付くときにちょっとね…」
 誤魔化そうと笑う行人であったが、その笑い声すら今のあやねには何故か辛かった。
「男は女を守るもの、だからね…」
 それは行人が良く口にする、彼の信条の一つだった。
 女しかいない藍蘭島ではその意味を実感出来なかったあやねだったが、
 行人の傷付いた背中を見てその意味が今はっきりと解ってしまった。
 行人に守って貰う事。
 それは震える程に嬉しくて、泣いてしまうくらいに怖かった。
「あやね?どうしたの?何処か痛いの?」
「ううん、違うの。行人様…」
 行人の背中に額を当てて、あやねは漏らす様に呟いた。
 いつもの弾けたあやねとは違うその雰囲気に、行人はどうして良いか判らず動けない。
 一応、あやねを引き上げた時に外傷らしい外傷は見当たらなかったので大丈夫だと行人は思っていた。
 だが、普段のあやねらしくないその大人しい反応に、もしや何かあったのではないのかと心配になる。
「あやね。本当に何処も怪我してない?」
「行人様の方が、余っ程怪我してるじゃない…」
 あやねの言葉に、行人はつい安堵の笑いを漏らしていた。
「はは、こんなのは怪我した内に入らないよ。
 それにボクは男だし、女の子のあやねの方が傷付く事に比べれば全然大した事は無いよ」
 軽い調子で言う行人のその言葉に、あやねは限界を超えて湧いてきた抑え切れない衝動が込み上がってきた。
「そんな事言ってるんじゃないのよ!!行人様が怪我して良い理由なんて、何処にも無いじゃない!!」
 守ってくれて嬉しいと感じた筈なのに、あやねの口から出てきたのは自分でも信じられないの叱責だった。
「もしそれで行人様が本当に大怪我でもしたら、一体誰が悲しむと思っているのよ!?
 自分は怪我しても良いなんて言うのは大間違いなんだからね!!」
「あ、あやね?」
 珍しく激昂しているあやねに、行人は思わず背中越しに振り返る。そして、その目が大きく見開かれた。
 何故なら、
「………え?」
「……っく、……ひっく、……っう……」
 そこには、ぽろぽろと大粒の涙を流しているあやねの泣き顔があったからだった。
「いくと、さまの…。ばかぁ…」
 涙と洟で顔をぐしゃぐしゃにして、あやねは子供の様に泣きじゃくっていた。
「ごめん、あやね…。ボクはボクの事を心配してくれてる皆の事、全然考えてなかったんだね…」
 そんなあやねを行人は正面からそっと抱き締めた。幼子をあやす様にぽんぽんと背中を優しく叩いた。
「大丈夫、背中の傷は本当に大した怪我じゃないから…。それに、もうボクも自分が傷付いても良いなんて思わないから…」
「本当…?行人様…?」
「うん」
 見上げてくるあやねに、行人が微笑んだ。

 その時、
「ぶっ!?」
「え?」
 ささやかながらもしっかりと盛り上がった二つ膨らみや、その頂にある丸くて小さい桜色。
 正面から見えるもの全てを晒け出しているあやねの姿が行人の網膜を焼いた。
「ぶ〜…!!」
「きゃあ〜っ!?行人様、行人様〜っ!?ちょっと、しっかりしてよ!!」
 ガクガクとあやねに揺らされながら、行人の意識はブラックアウトしていくのであった。

「―と―ぁ、―くとさまっ!?」
 がっくん、がっくんと脳を揺らされる衝撃に、行人は目を醒ました。
「う…、ん…?」
「行人様っ!?気が付いたのね…!!」
 安堵の表情を浮かべ、あやねはぎゅう、と行人を抱き締めた。
「もう、本当に心配したんだから…」
 肩を震わせて、耳元でそう呟かれる。
 その優しい響きに、行人は「ごめんね、あやね…」と素直に謝った。
 心配させて女の子を泣かせるなんて男として最低だと行人は思ったが、
 それを嬉しいと思ってしまうのは男の不謹慎さなのだろうか。
 だから、行人は感謝の気持ちを込めて、
「有難う、あやね…」
 目の前の少女がもう泣かないように、優しく抱き締め返したのだった。

「もう…。行人様に恥ずかしいところ見られちゃったじゃない…」
 文句を垂れながら、あやねははぐはぐと焼き魚に齧り付いていた。
 その顔が赤いのは、ゆらゆらと揺れる焚き火の所為なのかどうかは判らない。
 それでも、見栄っ張りなあやねの事だから、単純に泣き顔を見られたのが悔しかったのだろうと行人は思った。
「ん?どうしたの?行人様?」
「ううん。何でもないよ、あやね」
 視線に気付いたあやねが魚を咥えた儘首を傾げてきたが、そんなあやねの幼い仕草に行人は笑って誤魔化した。
「変な行人様…」
 そして再び、あやねはぱくりと焼き魚を齧り始めた。
「変と言えば、行人様の体も変よね〜」
 食事も終わり、ちろちろと指に付いた魚の油を嘗めながらあやねは行人を眺めていた。
「何だかゴツゴツしてるし、胸なんかも――。ある?」
「ボクのこれは筋肉だよ。それに、ボクは男だから胸なんて無いよ」
 苦笑しながら、行人は剥き出しの自分の胸を指差した。
 行人が着ていたシャツは、今はまだ服が乾かずにいるあやねが着ていた。
 因みに、ショーツ一枚にシャツだけと言う何とも際どい出で立ちであった。
「はぁ…」
 襟を指で引っ張りながら、自分の胸を覗き込んでいたあやねは大きく溜息を吐いた。
 お子ちゃまのゆきのは良いとして、どうして自分は他の娘たちよりも胸が小さいのだろうか。
 行人が彼女たちの胸にうっかり触れたりした時などはあんなに取り乱したりするのに、そんな事は自分にはちっとも無いのだ。
 その儘、びろ〜んと襟を伸ばし、あやねが己の胸に付いた世の理不尽を眺めていると、
「あ、あああ、あやね!?」
「?」
 目の前の行人が顔を真っ赤にしてそっぽを向いて鼻を押さえていた。
「見えるから、その…。隠して…」
 気が付けば、限界まで伸びきった襟口からはあやねのなだらかな起伏の二つの丘が完全に露出していた。
 そしてそんな自分の胸を、絶対に見ないとばかりに行人は顔を背けている。
 そんな行人の態度に、やはり自分の様な胸は行人の好みではないのだろうと思い、
 行人と自分の胸とを交互に眺めたあやねは更に大きな溜息を零した。
「行人様は、おっきな胸の方が良いのかしら?」
「え?」
 独り言の様なあやねの呟きに、行人は思わず言葉を返した。
「だって、行人様。私の胸をちっとも見てくれないんだもの。
 やっぱり、すずやりん、お姉様みたいに大きな胸の方が好きなんだわ…」
 膝を抱えて、あやねは蹲った。どうして自分の胸はちっとも育ってくれないのだろうか。

 皆はどんどん大きくなっていくのに自分だけが取り残されたようで、あやねは何だか無性に惨めな気持ちになってきた。
 おまけに行人からの興味が無いとくれば、もう自分は見向きもされない存在なのだろう。
 巫女としても未熟、女としても未熟。そんな考えまでもがあやねの中に浮かんできた。
 いくら勝気なあやねでも、行人に拒絶されてしまえば流石に凹むと言うものだ。
 普段は考えないような自虐的な感情に取り憑かれ、あやねはずぶずぶと鬱に陥ってしまう。
「いや〜…。そうじゃなくて、別に大きい小さいとか関係無く
 男は簡単に女の子の胸を見るべきじゃないってボクは思ってるんだけどね?」
 華奢な脹脛から覗く、濡れてぴったりとあやねの形を浮き上がらせている白い布から目を逸らしながら、行人は頬を掻いた。
「良いのよ…。どうせ私の胸なんて、行人様からしてみればあって無いようなものだし…。
 見えてたって、きっと行人様は気にも留めてくれないんだわ…」
「いや、気になるから仕舞って欲しいんだけどね…。ボクとしては…」
 何ですと?
 恥ずかしげに語った行人の言葉に、あやねの顔がツインテイルも一緒にぐりんと上がった。
「鼻血を出しちゃうのは、その、ドキドキして頭に血が昇ちゃった所為で…。
 それに、さっきの鼻血もあやねの胸が見えちゃったのが原因だし…」
 羞恥で耳まで真っ赤になった行人が搾り出す様に言葉を紡ぐ。
 だが、そんな行人の言葉にあやねは瞳を伏せた。
「嘘よ、行人様…。私の胸に興味が無くて、見たくも無いからそんな事言うんだわ…」
 きっと、行人は優しいからそうやって自分を慰めてくれているのだろう。
 だが、プライドの高いあやねにとってそんな優しさは傷に塩を塗り込まれる様なものだった。
 行人が気を遣ってきてくれていると解っていても、あやねはついそんな言葉で返してしまう。
「あ〜っ、もぅ!!」
 そんなあやねの態度に行人は更に顔を赤くし、ガシガシと頭を掻いて声を上げた。
「良い!?あやね!?男にとって女の子の胸が見えるって事は凄くドキドキする事なの!!
 おっきくても、小さくても!!
 別にあやねが嫌いだから見たくないとか言うんじゃなくて、ボクが変な気持ちになるから見ないだけなの!!」
「本当?行人様…?」
 恥も破れかぶれに、行人はこっくりと頷いた。
「だからあやねはボクに嫌われてるとかそんなんじゃなく、――て?」
 言い掛けた行人の言葉は、その途中で凍り付いた様に止まっていた。
 いや、止まっているのは言葉ではなく、行人の頭であった。
「行人様は私の胸が、嫌いじゃないの?」
「あ、あやね…?」
 辛うじて声を出した行人の目の前では、行人のシャツを脱ぎ捨て、
 ショーツ一枚の姿になったあやねがじっと行人を見詰めていた。
「わ、わ、わ!?」
 行人は咄嗟に手で視界を塞ごうとして、
「隠さないで、行人様…」
「――!?」
「お願いだから、嫌いじゃないなら目を逸らさないで…。行人様…」
 縋る様な目のあやねの言葉に止められたのだった。

「どう?行人様…」
「どうと言われましても…」
 上体を反らした行人に覆い被せる様にして、あやねはその裸体を揺れる焚き火の明かりに浮かび上がらせていた。
「やっぱり、私みたいな体じゃダメなの…?」
「いや…。どっちかって言うと、ボクの方がヤバいんじゃないのかな?」
 行人の目の前には、白くふんわりと盛り上がった二つの膨らみが健気にも精一杯の自己主張をさせられていた。
 ささやかな胸とは言え、それでもちゃんとあやねには女の子らしい胸があり、先端がつん、と可愛らしく桜色の艶を放っている。
 それに、しおらしく自信無げな眼差しを向けてくるあやねはいつもと違って儚げな危うさを漂わせていた。
 本当はあやねには綺麗で可憐な一面もあるのだと、行人はそんな事を考えてしまう。
 それでも、最初の鼻血のお陰でまた直ぐに鼻血を噴くような事は無かったが、
 目の前のあやねを見た行人の心臓はまるで破裂しそうな程の早鐘を打っていた。
 当然上には血が昇り、そして下には血が集まって。
 あやねに今の自分の状態を悟られないよう、行人は冷や汗を垂らしながら乾いた笑みを浮かべるのが精一杯だった。

「?」
 そんな男の生理現象など知る筈も無いあやねは、そんな行人の様子によく解らないといった表情を浮かべる。
 それよりも、行人が本当に自分で興奮してくれているのかどうかを確かめる方が先であった。
「凄い、行人様の心臓。ドキドキしてる…」
 剥き出しの行人の胸に手を置いて、その心臓の鼓動の大きさにあやねが感嘆の声を上げてしまう。
「ほ、ホラ。ちゃんとドキドキしてるでしょ?だから、あやねももうボクのシャツを着て――っととっ!?」
「あ………?」
 後ろ手に突いていた行人の手が岩の上を滑った。
 行人の胸に凭れていたあやねも、倒れる行人を追う様にそのまま前のめりになる。
 そしてその儘、行人の上にあやねが重なってしまう。
「―――!!」
 密着してきたあやねのその感触に、行人は声にならない悲鳴を上げた。
 胸に当たる柔らかさや先端のしこり、そして見下ろしてくるあやねの息遣いや体臭が、行人の思考を霧散させてしまう。
 頭にガンガンと血が回り、行人はすっかりパニックに陥っていた。
「あ、あの!!あやね、その…!!えと…!!」
「え?何?行人様?…」
 慌てふためく行人から身を起こそうと動いたあやねの腰が、ぐり、と行人の屹立したモノに押し付けられた。
「はうぅっ……!!」
「きゃっ!?行人様っ!?い、今、何が当たったの!?」
 ビクンと、大きく身を強張らせた行人に、あやねが驚きの声を上げていた。
 そして、行人の腰に視線を落としたあやねの瞳が驚愕に染まった。
「ちょっと、行人様!?どうしたのよ、こんなに大きく腫らして!?もしかして背中以外にも怪我してたの!?」
 あやねが膨らんだ行人の股間を見て怯えた様な声を上げていた。
 人間の体がこんなに腫れる事など普通では有り得ない。
 きっと行人はあやねに心配を掛けまいと、この怪我を隠していたのだとあやねは思った。
「ち、違…。あやね、それは――」
「行人様は黙ってて!!こんなになってるなんて、どうして教えてくれなかったのよ!?行人様っ!!」
 具合を確かめようとして行人のズボンを脱がそうとするあやねを行人が止めようとしたものの、
 涙を浮かべて怒鳴るあやねの一喝の下にあえなく黙らせられてしまった。
 「あぁ…」と、諦めた行人の声と同時に行人の下半身がトランクス一枚にさせられた。
「大丈夫、私が絶対に行人様を治してあげるんだから…!!」
 そう言って行人の盛り上がったトランクスに手を掛けると、あやねは一気に行人からトランクスをずり下げた。
「えぇえ!?」
 ぶるん、と。勢い良く現れた行人のモノに、あやねは目を疑った。
 初めて見た行人の股間には自分たちには全く無いものが生えていて、
 それが今にも爆発しそうな程に膨れ上がっていたのだ。
 先端からは透明な汁が滲み、全体は心臓の鼓動に合わせて律動している。
 外傷や出血こそ無かったものの、これが普通の状態では無いとあやねは直感的に悟ってしまった。
 早くこれを鎮めてあげなければ。そう思ったあやねは行人に向かって声を掛けた。
「行人様、これ、どうすれば楽になるの!?」
「いや、その…」
 必死になってあやねが問い質しても、行人は言い難そうに言葉を濁す。
 その煮え切らない行人の態度に、一刻を争う事態かもしれないと思っていたあやねはつい声を荒げてしまう。
「ふざけないでよ、行人様!!本当に、本当に心配してるんだからっ!!」
 その言葉に観念したのか、行人が重そうに口を開いた。
「あやねが…」
「何?私がどうしたの?行人様…」
 聞き漏らすまいと、あやねは行人にずい、と顔を寄せるた。
 もし、自分の所為で行人がこうなってしまっていたのならどうしようかとも思ったが、
 それならそれで自分が全ての責任を取ろうとあやねは覚悟を決めた。
 もう自分は行人に守って貰ったのだ。ならば今度は自分が行人の事を守らなくてどうする。
 全てを受け入れるつもりで耳を立てたあやねは、行人の言葉の続きを待った。
「………え?」
 殆ど消え入りそうに答えた行人の言葉に、あやねは目を丸くして驚いた。
 確認しようとしても、行人は顔を真っ赤にした儘横を向いている。
 聞き間違いかとあやねが思った時、行人の息を呑む音が聞こえてきた。
「あ、あやねが可愛くて、ドキドキしちゃったからこうなったの!!」
 今度は聞き逃す事も無く、大きな声で行人が叫んでいた。
「えぇぇええぇぇっ!?」
 その予想外の行人の言葉に、今度はあやねが叫んでいた。

「え?だって、行人様。そんなに大きく腫れて、苦しそうなのに…」
「男って言うのは、可愛い女の子にドキドキして、変な気分になるとこうなっちゃうの!!そう言う悲しい生き物なの!!男は!!」
 羞恥に堪えられず、行人は両手で顔を覆い隠した。
 出来る事なら股間も隠したかったが、兎に角今は顔を見られる方が恥ずかしかった。
 思考が真っ白になり、行人がこの儘何処かに消えてしまいたい衝動に駆られていた時。
 さわっ――
「うわっ!?あ、あやねっ!?」
 そろりといきり立っているモノを撫でられ、行人は驚いた声を上げた。
「んふふふふ〜。行人様…」
 目を開けた行人が見た先には、何か良からぬ事を企んでいる笑顔を貼り付けたあやねが映っていた。
 つんつんと、指で突付き、あやねが満足そうに行人を眺めている。
「行人様が私の事、可愛いって…」
 「くふふ」と、堪えきれないとばかりにあやねは笑みを零した。
 そして次の瞬間、
「ふえええぇぇぇえええ〜ん!!」
「え?ちょっと、あやね?」
 あやねが声を上げて、わんわんと泣いていた。
「い゛ぐどざま゛がぁ〜!!…ひっく、い゛ぐどざま゛が、わ゛だじの゛ごど、っく、がわ゛い゛い゛っで、っくぅ、い゛っでぐれ゛だぁ゛〜!!」
 呆然とする行人の前で、あやねは何度もしゃくり上げながら涙を流していた。
「わた、わたっ、わたし、っだけちいさいか、から、きっといくとさまに、きにしてもらえ、な、いって…!!」
「えぇええぇ?えっと…、あやね?――っと!?」
「うぇぇええぇえぇ〜ん!!」
 飛び込む様にあやねに抱き付かれた行人は、
 最早裸などと気にも出来ない状態でワケも解らずあやねを抱き締めていたのであった。

「落ち着いた?」
「…ぐすっ。うん…」
 散々泣いて、先ほど漸く鎮まったあやねに行人は困った笑顔でそう訊ねた。
「まさか、あやねがあんなに大泣きするなんて思いもしなかったよ」
「う…」
 本当はここで「んもう、行人様のいぢわるぅ」とでも返したかったのだが、
 先の醜態を思い出したあやねは言葉に詰まった返事しか出来なかった。
「それに、ごめんね。あやね。あやねがあんなに不安だったなんて、ボクちっとも気が付いてなかったよ…」
「そ、そーよ。行人様。行人様ったら本当に鈍感なんだから、これに懲りたらもう私に寂しい思いなんてさせないでよねっ!!」
 嬉しい筈なのに、あやねの口から出て来た言葉は自分でも呆れるくらいに小憎たらしい言葉だった。
 「違うの!!本当はこんな事が言いたいんじゃないの!!」そう言いたくて行人を見たあやねは、
「うん…。ごめんね、あやね…」
 やはり困った様な表情で笑っていた行人に何も言えなくなってしまっていた。
「もう、寂しい思いなんかしなくてから…」
「あ……」
 さらさらと、行人があやねの髪に指を通しながら頭を撫でた。
「行人様?こう見えても私の方が二つも年上なのよ?」
 上目遣いにあやねが睨んできたが、行人は構わずにその髪の感触を楽しんだ。
「うん…。でも、あやねはこうされるのは嫌?」
「いいえ、好きよ。だから、もっとして。行人様…」
「分かったよ、あやね」
 胸に頭を預けてきたあやねを、行人が微笑みながら優しく撫でた。
「えへへへ〜。行人様っ」
 ごろごろと甘えてきたあやねを、行人は飽きるまで撫でていたのだった。

 行人とあやねが静かに抱き合い続けて、どれくらいの時間が経っただろうか。
 お互いの体温を分かち合い、そんな和やかな時間が暫く続いていて。
「あら?」
 あやねが何かに気付いて声を上げたのだった。
「行人様?」
「な、何?あやね?」
 非難がましい視線を送ってきたあやねに、行人は冷や汗を垂らしてたじろいだ。
 鈍感と言われた手前、一体自分は何をしたのだろうかと振り返ってみたが何一つとして思い当たらない。
 成程、だから自分は鈍感なのだと行人は改めて思い知った。
 そんな行人を見て、あやねがしょんぼりと目を伏せる。
「行人様は、もう私にはドキドキしてくれないの?」
「え?」
 予想外のあやねの言葉に、行人は何と言って良いか判らなかった。
「だって、行人様の。もうこんなに萎んじゃってるじゃない…」
「え、えぇ〜…?」
 あやねのその指摘に、行人は困りきった表情を浮かべた。
 そして、そんな表情を見たあやねの目がふるふると揺れ始める。
「今も行人様とこんなに裸で抱き合ってるのに、もう私には魅力は無いの…?行人様…?」
「そ、そんな事無いよ!!あやねは凄く可愛くて魅力的だよ!!」
「じゃあ、なんで行人様は私で大きくしてくれないのよ…」
 拗ねてみせるあやねだったが、思ったよりもショックが大きかったのか、
 その大きな瞳から盛り上がった涙がそっぽを向いた拍子につぅっ、と頬に流れた。
「行人様のバカ…」
 正直、そんな態度で悪態を吐いてくるあやねは反則的に可愛かったのだが、
 そんなに自分の生理現象を自在に操れるのなら、世の男たちはずっと男泣きする機会が減らせるだろう。
 朝に鎮める時間を取られる事も無く、授業の途中で突然指名されて焦る事も無く、
 そして人込みの中で動けなくなる事も無いだろう。
 しかし、そんな男の事情を知らないあやねにしてみれば、
 行人が自分で大きくならないと言う事はもう行人にとって自分は可愛くなくて、ドキドキしない女の子と言う事であった。
「いや、これはボクの意思じゃどう仕様も無いって言うか、勝手にそうなっちゃうって言うか…」
「私が激辛お煎餅を見ても何も感じなくなってしまうみたいに、
 もう私を見てもそんな気持ちは起こらないって事なのね?行人様は…」
 もう、身勝手な男の言い訳にしか聞こえない行人の言葉に、あやねがぷるぷると身を振るわせ始めた。
 そんな今にも捨てられそうな仔犬の「捨てないで…」オーラを撒き散らしているあやねに見上げられ、
 脳の回路が焼き切れそうになる行人であったが、そんな行人の想いに反して何故か行人のモノは大人しいままであった。
 否、こんなにまでにあやねが可愛いからこそ、
 獣欲の如き劣情が湧き上がらない不可思議な状況に陥ってしまっていたのだった。
 だからだろう、こんなにあやねと裸で触れ合っていても行人は鼻血を噴く気配も無く、穏やかな気持ちの儘でいられた。
「行人様ぁ…」
 前言撤回。
 とてもではないが、本気で落ち込みかけているあやねを前にして、行人は心中穏やかではいられなかった。
 どうすべきか。
 悩みに悩み、そしてとある手段を思い付きた行人は耳まで真っ赤になっていた。
「あ、あのね。あやね」
「何、行人様?」
 ごくり、と喉を鳴らし、覚悟を決めた行人はぎりぎりと口を開いた。
「あやねがね、その、ボクのに触ってくれたら、また大きくなると思うよ?」
 言ってしまった。そう思った瞬間、行人は顔から火が出そうなくらいに恥ずかしくなった。
 変態。
 そんな言葉が行人の背中に突き刺さる。
 もう、お天道様には顔を向けて生きてはいけない。自分は汚れてしまったのだと、行人は心の中で滂沱の涙を流していた。
「そうなの?」
 だが、支払った対価に見合うだけのものはあったようで、行人の言葉にあやねの顔が輝いていた。
 信じきった、否、断じて嘘ではないが、その行人を疑わないあやねの眼差しに行人の良心が容赦無く抉られる。
 そんな行人の内なる葛藤など知る由も無いあやねは、早速嬉々として行人のモノへと手を伸ばしていた。

「え?ちょっと、あや――っくぅっ?」
 行人が声を掛ける間も無くあやねがその指で行人のモノを撫で上げると、
 今まで大人しかった行人のモノがムクムクと鎌首を擡げ始めた。
「わ、わ、わ、わ!?本当に大きくなってきてる!!凄い、凄い、行人様!!
 見てみて、どんどん大きくなってくの!!何かビクビクしてきて、もう私の手には収まりきれないくらい大きくなったわ!!」
 始めは驚いていたあやねであったが、触ったり扱いたりする間にみるみる血を巡らせる行人のモノに、
 無邪気にはしゃいでしまっていた。
「ほら、行人さ――ま?」
 そして振り返ったあやねは、目の前の行人の表情にポカンと口を開けた。
「あ、あやね…。その、もう良いから…」
 苦しそうな表情で眉根を寄せた行人が、息絶え絶えにあやねを見下ろしていた。
 そんな行人の表情を見て、
「やだ、行人様…。何か凄く可愛い…」
「へ?」
 あやねが熱っぽい目でそう呟いていた。
「ふふ…。行人様…」
「ちょ、ちょっとあや――ああぁぁあぁうっ!?」
 行人のモノを扱きながら、あやねはゆっくりと行人を押し倒した。
「その困った顔、凄く素敵よ…。行人様…」
「あ、あや、ねぇ…っ」
 しゅっ、しゅっ、と扱き上げながら、今度はコリッ、と爪の先端を僅かに押し当てた。
「ひゃぁっ!?あ、あやね…?」
 その儘ゆっくり、コリコリと五指で表面を窪ませていくと行人は泣きそうな顔であやねを見てきた。
 そんな表情を見て、あやねは動かしていた手を止める。
「ごめんなさい、行人様…。でも、行人様が凄く可愛かったから…」
 その言葉に行人の目に安堵が灯る。
 その瞬間を、あやねは待っていた。
「だから、もっと私に見せて欲しいの…」
「―――くぁあっ!?」
 さっきよりも強く爪を食い込ませ、あやねは行人の悲鳴の様な嬌声を聞いた。
「はぁ、はぁっ…。っく、…っはぁ…。あ、あやねぇ…」
 その儘また竿を優しく扱きなおしながら、行人の怯えの混じった、そして蕩けていく表情をあやねは愉しんだ。
 それが男にとってどんな残酷な仕打ちであるかを知っている筈は無いのに、
 只あやねは行人の淫靡な表情を引き出そうと、気が赴く儘に行人を責め立てた。
 先端から滲み出て来る行人の透明な汁が手に塗れるのも構わず、
 あやねはにゅるにゅるとその汁を潤滑油にして更に扱く手を早く、強くしていく。
 その度に、目も前の行人の表情はどんどんいやらしくなっていく。
 熱い。
 扱き立てている行人のモノが、握っている自分の手が。
 そして、何よりも責め立てている自分の中心が焼ける様に熱かった。
 獣の様に荒い行人の吐息が、あやねの頬に掛かっていた。
 その息がもっと乱れるように、行人がおかしくなっていくように、あやねはひたすらに扱き上げていた。
「あ、あやねっ!!ダメ、ダメだよ!!ボク、もう…っ!!」
 行人の手があやねの手に添えられたが、そんなものは形だけだった。
 あやねが少し振り払っただけで、いや、構わず扱き続けるだけで行人の手はいとも容易くあやねの手から落ちてしまう。
 口では嫌だと拒絶していても、本当は行人はこうされるのを望んでいるのだ。
 そんな嘘を吐く行人には仕置きがなされて然るべきだろう。
 行人が嘘を言う度に、あやねは行人を扱く手を力一杯握る事にした。
「ひゃあぁっ!?ダ、ダメだって!!うぁっ!?ちょっ、あやねぇっ!?」
 ぎゅっと握る度に、行人ははしたない春声をあやねに聞かせた。
 まさかその声があやねを更に興奮させているとは行人は思いもしないだろう。
 泣きそうなのに本当は悦んでいるだなんて、何て行人はいやらしくて、
 そして可愛らしいのだろうとあやねはゾクゾクと肌を粟立ててしまう。
「ちょっと、ほんっ、とうに、ダメだからっ!!これいっ、じょうは、で、出るっ!!出ちゃ――あぁっ!!」
 もう何度仕置きをしたか分からなくなっていた時に、限界が訪れた行人の体を熱い衝動が駆け抜けた。
「きゃあぁっ!?な、何!?どうしたの、行人様っ!?」
 一際大きな行人の悲鳴と同時に、突如跳ね上がった行人の先端から白い液体が飛び出した。
 ビクビクと幾度となくあやのの手の中で暴れ、その度に行人のソレは明らかに放尿とは異なる液体を吐いている。
「ひぅ…っ、っあっあ…、うぁっ…!!」
 その現象に耐えられないのか、行人は息を押し殺しながらもそれが収まるまで動けないでいた。

 そんな光景を見たあやねの中で、自分はもしかして行人に
 とんでもない事をしてしまったのではないかと言う気持ちが湧き上がってきた。
 調子に乗って、行人を困らせたいなどと考えていた所為で、
 本当に越えてはならない一線を越えてしまったしまったのではないか。
 何より、行人があんなに必死にこれ以上は駄目だと言っていたのはこの事を知っていたからではないのか。
 もしこれで行人に何か良くない事が起こってしまったら。
 そう思ったあやねは、もう堪える事が出来なくなっていたのだった。
「ふっ、ふぇっ、ふぇっ…!!ふええぇぇぇええぇええ〜ん!!」
「えぇっ!?ちょっと、あやね!!一体どうしたの!?」
 行人も泣きたかったのだが、何故か今まで行人を責めていた筈のあやねの、
 ここに来てのそのまさかの反応にそんな事は吹き飛んでしまった。
「ごめんなさい〜、行人様〜っ!!こんな事になるなんて知らなくてぇ〜っ!!」
 手に付いたモノで顔が汚れるのも構わずに、あやねはみっともない泣き顔で涙を拭いながら行人に謝った。
「お、落ち着いてあやね。ね?これは別にボクにとっては単なる生理現象みたいなものだから。
 ホラ、梅干を見ると唾が出てくるでしょ?あれと同じで、気持ちが良いと男は最後にはそうなっちゃうんだって」
「ほ、ん、とう?行人様…?」
「本当、本当。だからあやね、もう泣かないで良いから」
「うん…」
 余程怖い思いをしたのか、あやねは素直に頷き、すんすんと洟を啜った。
「ホラ、これで汚れを拭いて…」
「はい、行人様…」
 手渡された木の葉っぱで、あやねは付いた汚れを綺麗に取った。これで全ては元通りでだろう。
「ごめんなさい、行人様…」
「うん…。いや…。うん…」
 何かを言いたかったのかもしれなかったが、あやねのそのあまりの落ち込み様に行人は何を言いたかったのかを忘れて、
 結局は曖昧な返事しか出来なくなった。
 一応、行人のモノはもう治まってしまっていたし、今日はこれでお開きだと行人が告げようとした時。
「い、行人様!!」
「わっ!?な、何?あやね?」
 突然あやねに声を掛けられ。
「私にも何かして!!行人様っ!!」
「えぇっ!?」
 あやねが行人を再び押し倒したのであった。
「だって、私ばっかり行人様に意地悪しちゃったし…。それに、何かこのままじゃ熱くて我慢ができないの、行人様…」
 俯いたあやねが切なそうに股を擦り合わせていた。
 自分でも分からないトロッ、と垂れてきた粘液があやねの秘所から太腿を伝っててらてらと輝かせていた。
 多分、これは行人と同じようなものなのだろう。ならば行人はこの熱さの鎮め方を知っているかもしれない。
 そう思ったあやねが、行人に泣きそうな表情で頼んできたのだった。
 行人。こちらも泣きそうであった。
「いや、だって、ほら…。その…」
 性の知識が乏しい自分に比べて、最早皆無と言っても過言ではない女の子に性処理を頼まれたのだ。
 一応は年上とは言え、その純真さは行人自身が身を以って知る驚きの白さなのである。
 それに、行人には女の子がどうやって自分を慰めているかなんて知る筈も無かった。
(そうだ、ここはもう正直に知らないって言った方が――)
 そう逃げようとした行人は、その思考ごとあやねに捕まえられてしまったのだった。
「ここが、熱いの…。行人様…」
「どひぃえぇ〜っ!?」
 掴まれた行人の手が、下着の隙間からあやねのしとどに濡れた秘所へと押し付けられていた。
「ホラ、こんなに濡れてるの…。行人様と同じでしょう…?」
 ぬる、とあやねの中に指が入っていく感触に、今度は行人の頭が驚きで白くさせられてしまった。
「はぁ、あんっ…。やっぱり、行人様に、触られてると、んぅっ!?気持ちが良いわ…」
 取り敢えず行人と同じように擦ってみようと考えたあやねは、その考えが正しかったと思った。
 行人の指に触れられた瞬間、疼きが求めていた快感があやねの中に生まれていたのだ。
「あ、あぁっ、あっ、はぁっ、あんっ…」
 行人の上であやねは行人の指で何度も善がり、その度に行人の腹にぽたぽたと露を落とした。
 気持ち良過ぎて、何も考えられなくなる。
 気持ち良い事しか、考えられなくなってくる。
「あ、あれ?な、何?何か…、来る…!!来ちゃうっ…!?」
 どんどん昇り詰めて行く中で、あやねは快楽の波が立ち始めたのを感じた。
 それが少しずつ大きくなって、岩を削るようにあやねの理性を刮ぎ取っていく。
 そして、完全に呑まれたあやねは、
「あぁああぁっ!!いくとさまぁっ!!いくとさまぁああぁっ!!」
 行人の名前を呼びながら、出し入れさせる行人の指に善がり狂う事しか出来なくなっていた。

 もう駄目だと、行人と同じようにあやねがそう思った瞬間。
「ひぁあんっ――――!?」
 あやねの視界が真っ白になり、そのまま糸が切れた人形のように行人の上に倒れた。
「あ、あやね!?大丈夫!?」
「ら、らいりょ〜ぶよ…。行人さま…。ただ、ちょっと腰が抜けちゃったみたい…」
 呂律の回らない言葉を最後は何とか戻して、あやねは行人に、にへら、と笑った。
 もしかすると、あの時の行人もこんな風に気持ち良かったのかもしれない。
 そう思うと、もっと苛めてあげれば良かったかもと、あやねはムシの良い事を考えてしまうのだった。
「あれ?行人様?」
 行人に倒れていたあやねは、ふと覚えのある感触を腹で感じた。
「ふへへへへ………。行人様ぁ………」
「ひぃっ!?あ、あやね?何か怖いんだけど…?」
 明らかに間違った笑い声を出しながら、あやねの目に不埒は光が宿り初めていた。
「何よ、行人様。行人様だってこんなに大きくしてるじゃない」
「そ、それはそうだけど…。っく…。あ、あやね。そんなにまた触らないで…」
 復活した行人のモノを掴んで、あやねが得意そうな目で行人を見ていた。
 これでまた、行人の困った顔が見られる。しかも、今度はちゃんと分かっているから、思う存分困らせてあげられる。
 行人にはあやねの瞳がそう言っているように見えた。
 願わくば、思い過ごしであった欲しい。
 しかし鈍い行人には、そんな絶望に歪む自分の顔こそが
 あやねの嗜虐心を煽っているなどとは露ほどにも思っていないのだろう。
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ………。行人様、準備は良いかしら………?」
「あ、あやね?少し落ち着こう?ね?ね?」
 じゅるりと、この場面において舌嘗めずりなんぞをカマした少女が今の行人にとってどれほどの恐怖であっただろうか。
 逃げようにも、逸物を掴まれていては心臓を掴まれているのも同然であった。
(そうね?でも今度は私も行人様と一緒に気持ち良くなりたいわね)
 辛うじて残っていたあやね理性が、ふとそんな事を思わせた。
 それに、怯える行人を見て自分の中にまた火が点き始めているのをあやねは気付いてしまったのだ。
 行人を困らせながらまたあの気持ち良さを味わえたらどんなに気持ちが良いだろうか。
 そう思っていたあやねは、自分が握っているものに気が付いた。
 それはあやねにとっては天啓で、まさに一挙両得の方法であった。
(まぁ、問題は行人様のが私のに入るかどうかだけど…。多分入るわよね?)
 後先を考えないあやねであった。
「それじゃあ、行人様。また気持ち良くなりましょう?」
「え?」
 あやねが、これからするであろう行為を仄めかす様に行人に跨った。
「ふふ…。一体、行人様はどんな風になるのかしら?」
 下着を足から抜くと、そこにはふっくらと盛り上がった肉の丘に
 まるで剃刀で引いて出来たような綺麗なスリットが一筋走っていた。
 あやねの指がその肉の扉を、めち、と開く。
 押し上げられた唇が太腿の付け根を盛り上げ、その中心から覗いた鮮やかな淡紅色が行人の脳に焼き付けられた。
 ポタポタと、下の唇が涎のような雫で行人の腹を汚していた。
 そのあやねの行動に、その先を予想した行人は軽率にも戸惑い顔を浮かべてしまう。
 その表情こそが、あやねの求めているものだと行人は気付きもしない。
 もう、あやねを止められるブレーキは行人が壊してしまっていたのだ。
「あやね!!駄目だって、本当にそれは駄目なんだって!!」
「えへへへへ〜。それじゃ、行くわよ?行人様っ」
 くち、と行人の先端があやねの入り口に触れ合った。その感触に、あやねは全身にぞくりとした快感を覚えた。
 きっと、先ほどの指なんかよりもずっと気持ちが良いだろう。
 それだけであやねの奥からまたいやらしい蜜が垂れ、伝った行人のモノを汚していく。
 その光景を見ていた行人の自分を食べられているような怯えた表情に、あやねは何の躊躇いも無く一気に腰を下ろした。
「ぎょえぇぇええぇえぇえ〜っ!?」
「あ、あやね〜っ!!」
 少女が上げる破瓜の声にしてはあまりにもアンマリなその声に、優しい行人は思わず声を掛けた。
「いたい…。いたいよぅ…。いくとさまぁ…」
「動かないで、あやね…。今動くと痛いでしょ?」
 行人にしがみ付き、あやねはもう本日何度目になるか分からない涙をぽろぽろ零してひんひん泣いていた。
「ふえぇぇええ〜ん…。ごめんなさい〜…。いくとさまぁ〜…」
「あぁ、もう…。だから止めてって言ったのに…」
 まさかこの瞬間まで自爆してしまうと思っていなかった行人は怒る気にもなれず、あやねの頭をさすさすと撫でていた。

「だって、こんなに痛いだなんて思わなかったんだもの…」
「うん。まさかボクもこんな風にあやねとえっちするなんて、夢にも思わなかったよ…」
「えっち?」
 行人の言葉に、あやねがキョトンと首を傾げた。
「行人様。えっちって何?」
「えぇっ!?ここでそれを訊くの?あやね?」
 あやねの驚きの白さ(頭ではない)を考えれば無理も無い事であったが、
 改めて問われればやはり行人とてそう叫びたくもなるのも仕様が無い事であった。
 しかし、そんな事も知らずにここまでやってのけてしまうあやねに、行人はもう只呆れる事しか出来なかった。
 それでも、ちゃんと教える辺りに行人の人の良さが滲み出ていた。
「えっちって言うのはね、今こうしてボクとあやねが繋がっている事や、さっきみたいに裸になって触り合う事かな?」
「でも、これ。全然気持ち良くないわ…。行人様…」
「ん、まぁ。女の子の最初は痛いって言われてるケド…」
「え?じゃあ、行人様は痛くないの!?」
「え〜…。まぁ…、うん…」
 悪いと思いながらも、行人はあやねに正直に答えた。
 初めて体験した女の子の中はとても窮屈で正直少し痛いくらいだったが、
 うねうねと動く中の襞や伝わってくるあやねの体温はしっかりと行人に快感を齎してくれていたのだ。
「良かったぁ…。行人様はこんなに痛い思いをしなくて良かったのね…」
 そしてあやねは、行人には自分が感じた痛み事が無かったという事に心から安堵していた。
「そりゃあ行人様だけ痛くないのはズルいとは思うケド、でも行人様までこんなに痛い思いをするなんて意味無いわ…。
 こんな痛みは、私一人で十分だもの…」
「うん…。あやねの中は、凄く気持ち良いよ…」
「えへへ…。私の中、行人様は気持ちが良いのね…」
 まだ痛さの涙の後が頬に残っていたが、あやねは何処か誇らしそうに笑った。
 だから身を起こした行人は、その気持ち良さとあやねの大切なものを貰ったお礼に、
 優しく抱き締めて頭を撫でる事にしたのだった。
「やっぱり、行人様の手って気持ちが良いわ…。それに、何だか凄く安心するもの…」
 目を細めたあやねが行人の肩に顎を乗せ、その儘すりすりと頬を擦り寄せてきた。
 ぷにぷにと当たる胸の感触や、ふんわりと漂ってくるあやねの匂いが行人の中で優しい気持ちを湧き上がらせてくれる。
 あやねが行人の上に載っているので少し動き辛かったが、
 まだ痛みが引かない間はどうせ動けないのだから暫くはこの儘で良いだろう。
 それに、こうしてあやねの中にいるだけで、行人は十分に気持ちが良かった。
「あやね、ごめんね。痛い思いさせちゃって…」
「ううん。確かにまだ痛いけど、こうやって行人様と一緒に抱き合ってるととても気持ちが良いもの…。
 それに、私の中の行人様のがこんなに元気なんだし…」
 ふに、とあやねが眦を下げた。「嬉しい」と、口の形がそう告げていた。
 そうしてまた暫くの時間が過ぎた時。
「もう大丈夫よ、行人様」
 にまにまと笑うあやねに、行人は心の奥で悲鳴を上げたのであった。

「ねぇ、行人様?えっちって、こうやって繋がった後はどうすれば良いのかしら?」
「えぇっと、確か体を揺らして繋がり合ったところを擦る筈なんだけど…」
 言い難そうに、行人は目を逸らしながら呟いた。その態度に、あやねはまた不安そうな瞳を行人に向けた。
 もう行人の言う事は最後までちゃんと聞いておいた方が良いだろう。
 自分に比べて行人は遥かに性に関する知識があるようだし、
 何より行人がさっきの破瓜のような思い思いなどして欲しくないのだ。
「それで、その後はどうするの?行人様」
「………」
「い〜く〜と〜さ〜ま〜?」
「わわわっ!?あやね!?」
 くちくちと、腰を揺らしてきたあやねに行人が焦った様な声を出した。
 まだ少し痛んだが、その行人の表情にあやねは妖しく八重歯を光らせ、不敵に唇の端を吊り上げさせた。
「こうやって擦り合わせた後はどうするの?ねぇ?行人様ぁ」
「ああああああああ、あやね!!そんなに動かないで!!中に出しちゃう!!」
 にゅりにゅりと、中で行人のモノを擦り上げていたあやねに、行人が本気で怯えた浮かべた。
「どうして?行人様?さっきの白いのが出たら、行人様は気持ち良い筈なんじゃないの?」
「気持ち良いけど、中には出しちゃダメなの!!」
「どうして?行人様」
「えっと、その…」
「?」
 あやねは不思議そうな顔をしたが、行人は中々その先を言ってくれそうに無かった。

 それならばと、あやねは行人が最初に言っていた通りに行人を自分の中で擦り上げる行為を再開させた。
 えっちにはこうする事も含まれているのだし、何よりあやねも痛みよりも気持ち良さを感じ始めていたのだ。
「ふぅっ、ふっ…。んぅっ、ふぁっ…ん…」
「あ、あやね!!ダメだって、そんなに動かれたら出ちゃうから!!」
「でも、えっちって、こうするっ、んでしょ?行人様」
 行人が中で擦れる度に、あやねの中では脳を焼くような快感が生まれていた。
 行人のモノがずりゅっ、ずりゅっと押し込まれ、
 奥に届くと自分でも抑え切れない声がどう仕様も無い快楽と一緒に漏れてしまう。
「それに、何だかもう、止められないの。行人様…」
「えぇっ!?ダメだよ、あやねっ!!ひゃうっ!?」
「はぅっ、んぁうっ…!!ああっ、行人様ぁっ…!!行人様の、熱いのっ…!!」
 行人にしがみ付きながら、あやねは切ない声を上げて行人を貪っていた。
 ごりごりと中を抉っていく行人が、あやねの奥に狂いそうな愉悦を沸き上がらせていた。
 否、もうあやねはその気持ち良さに我を忘れて善がり狂っていた。
 繋がった秘所はぱっくりと開いて行人を根元まで咥え込み、
 溢れた白い露が行人とその床を汚して噎せ返るようなあやねの匂いを立ち昇らせていた。
 充血した肉の割れ目が、むっちりと行人のモノを扱き上げる。
 竿や先端が中の襞に蹂躙された行人は、もうあやねにしがみ付いて声を殺す事しか出来なかった。
 粘質な水音が立つ度に、行人は腰から切ない衝動が込み上げてくる。
 容赦の無い苛烈なあやねの責め苦に、否応無しに追い詰められていた。
「あぁっ!?ま、また来るの!?な、何か――ううん、もっと凄いのが来る!?い、行人様ぁっ!!」
 空へ飛んで行ってしまいそうな感覚に、あやねは行人に抱き付いた。いや、もしかすると爆発かもしれない。
 それでも行人を求めるのが止められず、あやねは未知の衝動に怯えながら腰を振ってしまっていた。
「あっ、あっ、あぁっ…。く、来るっ!!来ちゃうっ!!」
「だ、ダメだよあやねっ!!こ、子供が出来ちゃう!!」
「え?」
 あやねの意識が逸れた瞬間。
「んんんぁああああっ!?」
 津波のような肉の法悦に、あやねの体がガクガクと痙攣した。
「うぅっ!!で、出る!!ああぁぁあっ!!」
「ふやぁぁああぁぁっ!?いくとしゃまのが、でてりゅうぅ!?」
 ぎちぎちに締め付けられた行人は再びその白い奔流をあやねの中に放ち、
 そしてその熱さにあやねは涎を垂らしながら全身を戦慄かせていた。
「あやね!?大丈夫っ!?」
「うあ…?」
 くたっりと、凭れ掛かってきたあやねに行人は心配そうに声を掛けた。
 さっきの指での絶頂とは違い、本当に全身が弛緩して動けなくなっているのだ。
「ら、らいりょ〜ぶよ〜。いくとしゃまぁ〜」
 それでも、あやねの幸せそうな表情に行人は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
 どうやら、あやねに悪い事が起こったのでは無いらしい。
「えへへへ〜」
 行人に体を預けながら、あやねが幼さを響かせる笑いを漏らした。
「行人様の赤ちゃん」
「――!!」
 どっと、行人の背中に汗が流れた。
「ふふふ…。えっちすると、赤ちゃんが出来るのね。行人様」
「えぇ〜っと…」
 返答に困る行人に、あやねが自由になってきた腕をその背中に回して抱き締めた。
 やがて、あやねの体が小刻みに震え出し、
「ふぇええぇぇ〜ん!!」
「あ、あやね?」
 何故か泣き出したあやねに、行人は戸惑いの声しか上げられなかった。
「どうしたの?あやね?」
「だって、行人様の、行人様の赤ちゃんが産めるって思ったら…」
 涙と洟であやねの顔はエライ事になっていたが、そんなあやねを行人は諦めた表情で抱き締めた。
「うん、ボクとあやねの子供が出来ちゃうかもしれないね…」
「うん、うん…」
 洟を啜りながら、あやねはコクコクと何度も頷いた。
「行人様、大好き…」
 その言葉に、行人の目からほろりと涙が零れた。
「うん、ボクもあやねが大好きだよ…」
 言って行人は気が付いた。この腕の中の女の子が本当に可愛くて、自分をこんなに慕ってくれているのだと。
 諦めたのではなくて、認めてしまったのだと。そして何より、好きと言われて涙が出る程に嬉しいのだと。

「行人様…」
「あやね…」
 近付く二人の唇が、あと少しで触れそうと言う時になって、
「もっと私に種を付けて頂戴、行人様…」
「えぇっ!?」
 第二ラウンドのゴングが鳴った。

「あぁ、あっ、あ、あぅっ、っはぁっ、やんっ、っはぁん…っ」
「ちょっと、あやね!!もう少しゆっくりで良いから!!」
「そんな、ことっ、言ってもっ、止められないの…っ」
 ツインテイルを揺らしながら、あやねは行人の上でじゅぶじゅぶと腰を振りたくっていた。
 流石に普段から打たれ強かった所為か、もうあやねはすっかり痛みを感じていなようで、
 今では遠慮無く行人と本能の儘に繋がり合っていた。
 もう何度目なのであろうか。既にそれは愛の営みと言うには程遠く、あやねが行人を一方的に犯しているようにも見えた。
「んっ、流石、行人様ね、もう私の、中、でっ、出したのは、何回目かしら?」
「も、もう出ないから…!!これ以上は無理だから…!!」
「えへへ〜。ドキドキして、もらえれば、何度でも、大きく、なるんでしょ?行人様は」
「そ、それは――くぅっ!!」
「あは。行人様のが、また私の中で、暴れて…。んんぅ〜〜〜〜っ!!」
 絶頂を迎えた行人に続き、遅れて達したあやねは全身をふるふると震わせてその儘ぽふん、と行人の胸に倒れた。
「ふふ…。好き、好き…。行人様大好き…」
 行人の大量の精を受け止めた腹を愛しそうに撫でながら、あやねが満足そうに呟いた。
「ボクもあやねの事好きだけど、流石にコレはやり過ぎじゃないのかな?」
 匂い付けでもするように、あやねは行人に抱き付いて身を摺り寄せる。
「そう?でも、私はいくら行人様を好きになっても全然足りない気がするわ」
「いや、ボクもそうかもしれないけど、精神的には続いても肉体的には厳しいと言うか…」
「無理?行人様?」
「ム?そんな事は無いよ。絶対に無理なんて事は…。って、あやね。その先を言ったらボクはどうなるの?」
「私が行人様を愛してあげるから大丈夫よ。行人様…」
 小悪魔の笑みで、あやねが「ほほほ…」と笑った。
「だから、いつまでも私と一緒にいてね…。行人様…」
 そう言うと、あやねは静かに瞼を閉じた。
「あやね?」
「くぅ、くぅ…」
 本当は疲れて限界だったのだろう。
 胸の上で眠るあやねには、もう声を掛けても寝息しか返ってこなかった。
 正直、ここで涎が垂れていなければ綺麗に締まったかもしれなかったが、
 何となくあやねらしいので行人はその口元をそっと拭って苦笑した。
「ふふふ〜、いくとさま〜」
「うん、ボクはここにいるよ…」
 あやねの寝言に、行人は優しく返事をした。
「それじゃあ、一緒に寝ようか?あやね…」
 手を握ったあやねの寝顔が幸せそうに見えたのは行人の錯覚だろうか。
 そんな事を考えていた行人の瞼も、少しずつ下りてきた。
「おやすみ、行人様…」
 意識が途切れる直前に、行人の唇にそっと柔らかい何かが当たったような気がした。
 それとも、それは夢の出来事だったのか。
 胸の上にある幸せを感じながら、行人はその儘眠りに就いたのであった。


触れたくて、行人〜了〜