「えーと、これをこうすれば…完成!」
先程まで、地面に特殊な円のようなもの書いていたこの少年の名前は、東方院彩人(とうほういんあやと)。
この島に親を含めて4人しかいない、人間の男性である。
彼は、この島の巫女であり多くの式神を持っている伯母に憧れていた。
式神と共に笑い、そしていつも一緒にいる姿は、周りがほとんど年上の成人女性だけだった彼には、とても魅力的だった。
彼には年齢の同じ兄弟が二人いてよく一緒に遊ぶのだが、一人は忍の修行、
もう一人は放浪癖があり、よく村から姿を消すので、一人で遊ぶ日も少なくなかった。
そんな時は、伯母の式神がよく一緒に遊んでくれたのが、彼が式神にあこがれる原因となった。
さらに、「私がみんなと契約したのは、八つの時だったわ…」という伯母の昔の話を聞いて、さらにその思いは加速した。
だから、彼は祖母の家に遊びに行った時、そこにあった書物を参考に、こっそりと式神を呼び出そうとしたのだ。
「僕が式神を持ってれば、もうみんなに迷惑かけずにすむもんね!」
そういうと彼は、まだ未熟な霊力を使い式神召喚の陣を起動させる。
その瞬間、陣の周りに結界が構成され、強い光を放った。
そしてそこから現れたものは、――明らかに彼の知ってる式神とは、違っていた。
「グゥゥアァァァァァァァァ……」
彩人が呼び出したそれは、巨大な体躯、毛むくじゃらの体、獣のような顔、それはまさに化け物としか言いようがない。
彼が昔読んだことのある文献には、このような式神はまったく記載されていなかった。
それなのに、何故がこのようなものが出てきたのかは分からない、偶然か、はたまたどこか失敗したからなのか。
「あ…あ…あ…」
逃げようと思っても恐怖で足が動かず、声もまともに出せない。
そして化け物が動いた思った瞬間―彩人はその巨大な腕に捕らわれていた。
「ガハ…!」
すさまじい圧力が、彩人の体を襲う。
「グルルルルルル…ガァァァァァ!!」
化け物のすさまじい雄叫びが響き渡る。
「あっがっ助け…かあ様っっ!」
もしも本気で握り締めれば、彼の華奢な体はすぐさま挽肉にされてしまうだろう。
だが、化け物は本気で握り締めようとしない。
この化け物も一応式神である、彩人が自分の主にふさわしい力を持っているかを試しているのだ。

「う…あ…ガ…」
だが、彩人はまだ幼い子供である、化け物を屈服させる力などあるはずがない。
そして、あまりの苦しさに、彩人は心が折れそうになる、だがその時。
「彩人!」
彼の母―あやね―が驚きの混ざった声と共に駆けつけてきた。
「なんなのよ、あの化け物は…」
彼の伯母―まち―もいる、声が少し震えているようだ。
「かあ…様…」
助けを求めようとするが、握り締められているためにほとんど呻いてるようにしか聞こえない。
「彩人!、今助けにっきゃあ!」
あやねはいてもたってもいられずに彩人を助けようと駆け寄るが、何か壁のようなものに弾かれた。
「結界…なんて強力な…」
呪術等に関して高い能力を誇るまちは、その正体が結界であることを見抜いた。
本来この化け物には結界を張る力は無い、だが彩人が使った召喚陣に張られた結界は、
彼の霊力がまだ弱いせいで召喚した時化け物の妖力に侵食されてしまったのだ。
「そんな…」
あやねには術等を使う力ほとんどが無い、家事等で結局修行する時間が無かった。
「下がってなさいあやね!!」
まちはそう叫んであやねを下がらせると、懐から札を取り出し、式神を呼び出そうとする、しかし。
「みんなが怯えてる…!」
まちの式神達は、化け物から漏れている、強大な妖力にあてられてしまい動けなくなってしまったのだ。
「なら!!」
もともと式神を道具として扱うのを嫌う彼女は無理強いはせず、今度は結界破りの為の札を取り出すと。
「彩人を放しなさい!」
化け物―正確には、化け物の張った結界―に向かってその札を放った。
通常の結界ならば、ほとんどはこれで破れるはずである。
だが、札が結界に触れた瞬間、一瞬結界が光を放ち次の瞬間には黒こげになり崩れてしまった。
化け物の妖力に侵食された結界の力は、まちの札の力を超えていたのだ。
「そんな!っっもう一度!!」
効果が無いのに驚きつつも、もう一度札を放つが結果は変わらない。
「そんな…、お姉さまでも無理なんて…」
呪術等に長けるまちでも破れないならば、もはや対処の仕様が無かった。
だが怪物は、そんな二人には構う事なく彩人を握り締める力を強めた、自分にはふさわしくないと判断したのだ。
「グ…ア…ガハァ!…」
さらに感じる苦しみが増し、だんだんと意識が薄れていく。
「彩人!!彩人!!彩人ぉ!!!」
苦しむ息子の姿を見て、冷静さを完全に無くしたあやねが結界を殴るように叩く。
だが、結界の力によるものか、手から血が流れだす、だがそれでもあやねは結界を叩き続けた。
「彩人を放して!誰か、彩人を助けてぇ!!!」
あやねは手の痛みも忘れ、何かに懇願するように泣き叫んだ。
さらに必死に結界を叩くが、手から出る血の量が増えるだけだった。
「あやね!それじゃあなたの手が傷つくだけよ!」
まちがあやねの体を抑え、止めにかかる。
だがそんな彼女にも、どうすればいいか分からなかった、結界を破ろうにも結界破りの札は通じなかった。
それにさっきは、感情に任せて結界を破ろうとしたが、もし結界が解けたとしても、どうすれば彩人を助け出せるか分からない。
もし式神を召喚して、結界を破ったとしても、化け物の矛先がこっちに向かい返り討ちにあうかもしれない。
あの巨体に龍神流合気術など通用しそうに無い、
式神にしてもあの様子からしても力の差は結構な物だと分かる、たとえ合体させても勝てるかどうか…。
「はなして、お姉さま!!このままじゃ彩人が!…彩人がぁ!!」
あやねは自分を止めようとする手を、必死に振りほどこうとしながらも泣き叫んでいた。
そんな二人を見て様子を見て彩人は、だんだんと薄れてく意識の中もうどうしようもないことを悟った。
だんだん体から力が抜けていき、心を絶望と恐怖が覆う。

その時、遠くから誰かの声が聞こえた。
「まち!、さっきのをもう一度やるんだ!!」
男の声だった。そしてその声はまちやあやねが毎日のように聞いている声。
「え?あ、はい!」
まちは、それが何の事か一瞬迷ったが、結界破りの札を使えと言ってるのだと反射的に判断すると、結界に向けて再び札を放つ。
その時、二つの影が突如その場に躍り出た。
そして先ほどと同じように、札に触れた結界が光を放った瞬間、二つの影が結界と札の重なった所に向けて攻撃を加える。
「飛鶏流必殺!疾風怒濤!」
影の一つは、例えるならば喋る鶏である、この島の西の主からあげ。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、もう一つの影は、この島で唯一の人間の成人男性であり、彩人の父親でもある東方院行人。
まちの結界破りの札と彼らの攻撃に、結界は耐え切れず崩壊した。
そして間髪いれずに、行人は跳躍し自分の息子を握り締めている化け物の眉間に向かって木刀を全力で振り下ろす。
「グゥオオオオ!!」
その一撃の威力に耐えられず、化け物の彩人を握り締める力が弱まった。
そして、彩人はその手から滑るように落ちていった。
「彩人!っく!」
それを行人は、スライディングのように地面を滑りながら受け止めた。
「彩人、しっかり!」
息子の名前を呼びつつ行人は、息があることを確認する。
そんな父の姿を見て彩人は、掠れた声で反応した。
「…とうさま…?」
とりあえず無事なようだが顔色が悪い、このままだと危険だ、そう行人は判断した。
「グゥオオオオ!!」
そんな時、先ほどの一撃で悶絶していた化け物が、怒りに満ちた咆哮と共にその腕を、彩人を抱えた行人に向けて振り下す。
「「行人様!!」」
あやねとまちの声が重なる。
だが、行人は彩人を抱えつつその攻撃をサイドステップで避けると、あやねたちの方に向かって後退した。
しかし、そう素直にこの化け物が逃がしてくれるはずも無く後退したほうに飛び掛る。
そこに、行人と入れ替わるようにからあげが仕掛ける。
「僕を忘れてもらっては困る!、飛鶏流!旋風!」
風が巻き起こり、化け物がかなりの距離を吹きとび地面に叩きつけられた。
先程の一撃ですでにグロッキーだった上に、かなりの高度から叩きつけられたダメージもあって化け物は動けない。
その隙に、彩人を抱えた行人はあやね達のもとにたどり着いた。
あやねは、抱きかかえられた彩人の姿を見ると安堵からさらに涙を流しつつ、その体を抱きしめた。
「かあ…さま?」
声が掠れているが、命は大丈夫のようだ。
「彩人!…ごめんね…ごめんね…」
彩人には、何に対しての[ごめんね]なのか分からなかったが、母に抱きしめられる心地いい感覚に、そのことはすぐ頭から消えた。
「グゥゥゥゥゥ」
すると、先ほどのダメージが回復していないのか、地面に倒れこんでいる化け物の唸り声が聞こえた。
その唸り声を聞いた行人は、あやね達がここにいては危険と判断した。
「あやね、彩人を連れてオババさんの所に急ぐんだ」
そして早く行くように促そうとする。

「とうさま…待って…」
すると、少し掠れた声で彩人が自分の父親を引き止める。
「どうしたの彩人、どこか痛い?」
先ほどよりは、少し回復したことを彩人の顔を見て確認しつつ、行人は優しい声で答えた。
「…あれは…ぼくが…」
彩人は、自分がこの事を引き起こしてしまったことを父に伝えようとするが、怒られるのが怖いのかその先が言えない。
「…そうか…」
だが、行人は、彩人のその言葉だけでほとんどの事を理解した。
「ごめ…ん…なさい……ごめんなさい…」
彩人は、罪悪感と恐怖から解き放たれた反動とで、泣きながらも謝る。
「大丈夫、もういいんだよ彩人」
しかし、行人は口元に指を当ててそれを止めるとふっと優しい笑みを浮かべた。
「とう…さま……」
父に許されたという安心感からか、彩人は眠るように意識を失った。
「ウガァァアァァァァ!!!」
その時、先程のダメージから回復しつつある化け物の怒りの咆哮が響き渡る。
それを聞いた行人は、早く逃げるようにするように促す。
「早く!」
「行人様、私も…」
まちが自らも戦おうと札を取り出すが、行人はそれを手で止めた。
「まち、君はあやねと一緒に彩人に付き添ってあげてくれ」
「でも…」
「もしも何かあったら、君とあやねで彩人を守るんだ、…頼んだよまち」
「……分かったわ行人様、気をつけてね」
まちは行人を心配しつつも了承する。
そして、彩人を背負ったあやねと共にオババの家に向かって走り出した。
「からあげさんも、念のため彩人についていてください…」
行人の声は冷静に聞こえるが、抑えきれない程の怒りに満ちているように、からあげは感じた。
そんな行人の様子をみて、冷静さを失ってないかどうか心配になった。
行人の実力は知っているが、もし冷静さを欠いていたら、頭が熱くなってふとした事でやられかねない。
「大丈夫?僕も手伝ったほうが…」
だがもし自分が援護すれば、何かミスがあっても自分が何とかする、からあげはそう考えた。
「親は子供を守るものですから…」
だが行人は、自分の息子があそこまで追い詰められるまで、助けられなかった自分が許せなかった。
そんな気持ちがあり、行人はからあげの申し出をやんわりと拒否した。
「…分かった、でもあまり熱くなっちゃだめだよ行人君、!!」
どうやら声を聞く限りでは、怒ってはいるが冷静さを失ってはいないようだ。
それに、先ほどの技の手ごたえから、行人の実力ならば倒せる。
そう判断したからあげはあやね達を追った。
「グォォォォォ!!」
からあげが行った方角を見ていた行人だったが、その隙を逃すはずも無く化け物は襲いかかった。
どう見ても絶対絶命の危機、しかしその瞬間。
「ガァ!!」
一瞬にして体を切り刻まれた―と錯覚するほどの殺気を感じた。
何が起こったか分からず、誰かと思い、周りを見るが誰もいない。

「グ…ガァ?」
疑問の声を発する、だが、先ほどの殺気に気圧されてるのか、前に比べてその声は萎縮している。
そして化け物は、先程の殺気の発信源が行人であると判断すると、彼のいる方に顔を向ける。
そして、そこには。
「………」
先程とまるで別人のような行人がいた、その目は鋭く、いつもの彼を知るものが見たらその目を疑うだろう。
からあげは、冷静さを失ってはいないと判断したが、
それはまったくの勘違いだった、行人は怒ってるのではない、ブチギレているのだ。
「グアァァァァァ!!」
その変貌振りに、そこにいるのはさっきの男とは別人だと思い、化け物は威嚇のため叫ぶ、しかし。
「だまれよ…」
冷淡な声だった、後に続く言葉も無い、ただ一言、行人はそう言っただけだった。
だが、その一言で化け物は、まるで何かに縛られたように動けなくなってしまった。
「ガ……!」
そして行人は、化け物の方に向き木刀を正眼に構える。
攻撃体制に入った行人を見て化け物は、はっと我に返ると行人に向かって突撃した。
行人は、その化け物を見据えたまま動かない。
化け物は右に薙ぐように拳を振るう。
それを行人は軽いバックステップで避ける。
「ガァァァァ!」
さらに連打するが、行人はそれを全て避け、隙を見つけては一撃、また一撃と打ち込んでいく。
全て腕と足への攻撃であったが、一撃が重くダメージが蓄積されていく。
「グォォォォォォ!!!」
自分の拳を何度も回避され、さらに反撃まで食らい苛立ちと危機感を隠せない化け物は、
一撃で決めるべく、大振りな一撃を放った。
だが、一瞬当たったと思った攻撃は、残像を残し避けられてしまう。
「グァ!?」
そして行人は避けると同時に、腕に乗ると木刀を突き刺す。
その腕は、彩人を握り締めた方の腕だった。
さらに化け物がその痛みでひるんだ隙に、跳躍し再び顔面への一撃を放つ。
化け物は反応し回避しようとするが間に合わない。
「はぁぁぁぁ!!!」
眉間に、行人が全力で放った突きをくらい、化け物はズゥゥゥンという音を立て倒れた。
「グゥオォォ……」
木刀がめり込んだのか、眉間と腕からは少し血が流れている。
化け物はそのまま動かない、強力な一撃を二発も同じところにくらったのだから無理もない。
化け物が意識を失ったことを確認すると、行人は木刀をヒュンっと振るい腰に差した。
「…………ふう」
そして彩人の所に向かおうとするが、一つ重大なことに気がつく。
「……こいつ、どうしよう…」
気絶しているが生きている、このまま放っておいては目覚めた時に大変なことになりそうだ。
「あやねとまちに任せてるから、大丈夫だとは思うけど……」
分かっていてもやはり不安になる、早く彩人のもとに向かいたいが、この化け物を放っておくわけにも行かない。
結局行人は騒ぎを聞きつけたしのぶ達が来るまで、不審者の如くうろうろしていた。


ぷろろーぐ 終