今日も私は家事に追われている。
のんびり屋の母と、ぐーたらの姉がいるからだ。
この日常が慣れっこになって、まったく苦に感じなくなった自分が恐ろしい。

いつものように口笛でもんじろーを呼び寄せる。
私が5才の頃、卵から大事に育てた鳥。
今では弟のようにいつも一緒だ。

……おかしいわね。いつもなら呼べばすぐ来るはずなのに。

ふと気がつくと、私の近くに誰かがいる。
年は8〜10才くらい、短い黒髪の男の子。
って、男の子?
この島には、行人様以外の人間の男の人はいないはずなのに……。
そんな事を悩むヒマもなく、その子が開口一番、

「ママ、呼んだ?」
「…………はい?」

マ、ママぁーー!?
私にこんな息子なんていたかしら?
ま、まさか行人様とこないだしちゃった、あ、あれのせい?
いやいや、それにしてはいくらなんでも成長が早すぎる。

「君、誰?私はあなたのお母様じゃないわよ」
「ううん、ママだよ。雛の頃からずっと一緒だったのに。どうしてそんな事言うの?」
「雛?」
「前はボクがあやねママに抱っこしてもらってたよね。
でも最近はボクが大きいからって、抱っこしてくれなくてちょっと寂しいな」

雛……抱っこ……ずっと一緒。

「まさかとは思うけど、あなたもんじろーなの?」
「そうだよ、あやねママ」

えええええええええええ!?

何故もんじろーが人間になってしまったのか?それは分からない。
だが、以前、島中の人間が動物に、動物が人間になる事件が起きた事があった。
またか、またあのちかげのせいか。

結局もんじろーと一緒に家に帰ってきてしまった私。
そりゃあこんな幼子を1人ほっとくわけにもいかないし、
何より私から離れようとしないし……。
問題はお母様とお姉様にどう説明するかだ。

「ずいぶん遅かったじゃないあやね。お腹すいたぁー、お昼はまだ?」

さっそく見つかってしまった。
あー、さすがにお姉様も固まってる固まってる。

「ちょっと。あやね……その子は誰?まさか、行人様と……」

私と同じ発想に最初にいきつくとはさすが我が姉。
って、待て待てー!いきなり藁人形かい!!

どすっ!
「げおぅーー!!」

眼前に繰り広げられる光景を前に、きょとんとするもんじろー。

「大丈夫ママ?どこか痛いの?」

これくらい大丈夫よって言おうとした瞬間、お姉様が「ママ」の単語に反応。

「やっぱりあなたの子じゃない。うふふ……私より先に行人様と結ばれたなんて……」

めきょめきょ!
「ぐげぇーーー!!!」

胴体の部分から藁人形が捻じ曲げられた。
これくらいなら、いつも慣れてるはずが、今回は捻りも加わっているらしく、
今までに体験した事のない痛みが……。
ここにきて、知らない人がいる手前、さすがにお姉様もまずいと思ったのか手を緩める。

「まぁ、ここじゃなんだから、家の中で話しましょう?」

と、もんじろーの手を引いて家の中へ。
まだ痛みが引かず、動けない私は放置ですかお姉様。

昼食がてら、もんじろーを加えての家族会議が始まった。
疑惑の目を私に注ぐお姉様。
普段と変わらないニコニコ顔のお母様。
まずはもんじろーが行人様との子じゃないって分かってもらわないと。

「まぁ、可愛い子ね。好きなだけ家にいていいのよ」

さすがお母様、予想通りの反応だ。度量が広いというか、何も考えていないというか。

「あやね、ほんっとーに行人様の子じゃないのね?
……もぐもぐ……嘘ついたら後でどうなるか……もぐもぐ……おかわり」

深刻な話にも関わらず、まったく食欲が落ちないお姉様が、茶碗を私に差し出した。
ちょっとは自重という言葉を学んだらどうかしら?
私の隣で、おいしそうにご飯を食べているもんじろー。
何故か和むわぁ。

結局私は、ありのままに話した。
不思議な事が起こる藍蘭島だからか、お姉様もすんなり納得してくれた。
伊達に海龍神社の巫女をやっていないということか。
食事も一段落ついて、もんじろーが私にまとわりついてきた。

「ねーねーママ。あれやろうよ」
「あれ?」

そう言ってもんじろーは部屋の隅にある蹴鞠を指差した。
やっぱりもんじろーはもんじろー。人間の姿でも好きな遊びは一緒なのね。

「いくわよもんじろー、それっ!」
「ほいっ!」

いつもの日課でもある蹴鞠。
いつものように足を使って器用に球を扱うもんじろー。

「どう、ママ?うまいでしょ」
「え?うん、うまいわよもんじろー」
「えへへー」

何だかもんじろーが可愛い。
普段、「くぁ!」しか言わないだけに、新鮮な気持ちだ。
まぁ、「くぁ!」だけでも、長年のつきあいから表情とかで
何を言いたいのかはだいたい分かるけれども。

日が西の空に沈む頃、蹴鞠も終わり、私は夕食の準備をしている。

「ちょっとそこの大根を取ってくれない?」
「はーい」

もんじろーはてきぱきと私の手伝いをしてくれる。
本当に良い子だ。お姉様ももんじろーくらいやってくれれば、
こんなに苦労する事もないのにな……。

あらかた夕食の準備も終わった。
さて、そろそろお風呂に入ろうかしら。
今日はお風呂の用意はお姉様がしてくれている。
いっつも私に火だきを任せて、自分は一番風呂に入るお姉様が珍しい。
やはりもんじろーの働きっぷりに影響されたのだろうか?

「もんじろー、お風呂一緒に入ろうか」
「うんっ!」

きらきらした笑顔で答えるもんじろー。
あぁ、可愛い。行人様もこんな風に即答してくれたら……。

ぽーんと着物を脱ぐもんじろー。
あー脱ぎ散かして。ほらほら、脱いだのはちゃんとかごに入れるのよ。

「はーい」

などと会話しながら、ちらともんじろーを見る。
可愛いのがちゃんと下半身についていた。
行人様のもこんな感じなのかしら。
そう思ったら、ちょっと恥ずかしくなった。

「どうしたの、ママ?顔赤いよ」
「え?ううん、何でもないの、何でも」

あれよあれよという間に夜もふけて、そろそろ眠くなってきた。
夜は目がきかない元々鳥のもんじろー、さすがにうつらうつらしてる。

「そろそろ寝ましょうか」
「うん」

2人で一緒の布団に入る。
そうやら1人で寝るのが寂しいらしい。
本来の体は私より大きいもんじろーも、そういえばまだまだ子供なのね。

「あやねママ」
「何?」
「大好き」
「私も大好きよ、もんじろー」

いつもは1人の布団も、2人だとあったかい。
心はそれ以上にあったかい。
母親ってこんな感じなのかな……。
私もいつか行人様とこんな家庭を築いてみたい…………。
意識がだんだんと落ちていった。



雀のさえずり。
それで目を覚ました私は、もんじろーがいない事に気付いた。

「あれ?」

昨日の出来事は夢だったの?でもそれにしては、はっきり記憶に残ってるし……。
そう思いつつも、庭に出てみた私。
そこにいたのはいつもの姿のもんじろーだった。

「くぁ!」

いつものようにもんじろーが鳴いた。
でも、今日はいつも以上にもんじろーの心の声が聞こえた気がする。

「そうね、今日もいいお天気ね。もんじろー」

いつものようにもんじろーの背中に乗っかる私。
お母さんが息子の背中に乗ってると思うと、ちょっとおかしいわね、ふふ。
今日も藍蘭島のいつもの1日が始まる。そして、1人の男を巡る女達の戦いもまた……。

「じゃあ行くわよもんじろー。すずをぎゃふんと言わせて、
今日が行人様のはーとを、私ががっちり掴む記念日になるのよ!」
「くぁー!」


ーーー終わりーーー