行人と遠野が振り向いた先には、体長2メートル以上もあるパンダがどっしりと立っていた。
しかも、こめかみにはうっすらと浮かぶ青筋。
「お前らかの〜ん?ボクの好物勝手に食べちゃったのは?」
「パ、パンダが喋ってる?」
行人はそのことに驚き呆然としている。それにたいして遠野はいたって平然としていた。

「何それくらいで驚いてるんだよ。あちきだってカッパだけど喋ってるじゃないか」
「だからカッパなんて非科学的な生物はいないって言ってるじゃ………
 ………ごめんなさいカッパはいますそこらへんにいくらでもだからそのボクをさしているゆびをおろしてください
 ひからせるのもおねがいですからやめてください」
「わかればよろしい」
行人がまたもや、カッパはいない発言をしたため、遠野はすこし腹を立てながら行人を指さしていた。
これは河童雷の予備動作であり、これを目にした行人はすかさず謝罪していたわけである。
そして、一通り謝った後行人は我に返り、遠野にすかさず詰めよる。

「ってそうじゃなくて、普通パンダは喋らないでしょうが!?」
「でも実際目の前にいるパンダは喋ってるじゃないか」
たしかに二人の目の前に立っているパンダは普通に喋っているように聞こえる、あくまで行人にとっては。
そのことにきづかない二人はなおもパンダを置き去りにしながら話を続けている。
「う……。それはそうだけど……、わかった!この生物はパンダじゃないんだ!
 なんだそーか、道理で喋るわけだね、未確認生物なんだからしかたないよね!」
いきなり元気よくはきはきと喋り出した行人。遠野はそれをみてげんなりとしている。

「……どこをどう見たらこれがパンダ以外に見えるんだよ」
「それは遠野さんが、白黒でクマの形をしている生物をパンダ、という常識に囚われてるからだよ。
 ほらよく見てみなよ、あんなぬいぐるみみたいにかわいらしい顔をしたパンダがどこにいる?」
「……あちきらの目の前」
パンダを指さしながら力なく答える遠野、突っ込む気力も失せてしまっている。
「ボクをほったらかしにしてるんじゃないの〜ん!」
「おわっ!」
「なっ!?」
涙目になりながら二人のあいだにこぶしを振り下ろすパンダ。
行人と遠野が話し終えるのを律儀に待っていたが、あまりにほっとかれて悲しくなってしまっていたのである。
完璧な八つ当たりだった。
二人は難なく避けた後、パンダと距離をとる。

「なにすんだ、あぶないだろ!」
「ボクを無視したまんま話をしているからの〜ん!」
「こっちにも事情ってもんがあるんだよ!な、遠野…………さん?」
遠野のほうに振り向く行人。その視線の先には黒い笑みを浮かべてうつむいている遠野。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「……と、遠野、さん?」
遠野から距離をとりつつおそるおそる声をかける。しかし、その声は遠野に届かなかった。
「カッパの命でもある皿を狙ったってことは、命をかける覚悟があるってわけだよね……?」
「の!?」
「げっ!?」
遠野のまわりに常人には感じられない妖気が渦巻く。それに圧倒されるパンダと行人。
そうしているあいだにも遠野の指先が光り始める。

「喰らえ!河童雷ぃ!」
「の!?」
パンダは目をつぶり体を丸めながら衝撃に耐えようとする。

プスン

「………………あれ?」
「………………の?」
予想した衝撃がこないことを不思議に思い目を開けるパンダ。
行人は目の前の光景をみて唖然としている。河童雷が発動しなかったのである。
「し、しまった……」
そう呟きながら倒れる遠野。行人はそれを見て急いで駆け寄り、遠野を抱き起こす。
「遠野さん!どうしたの!?」

「さ、皿が乾いちゃってる……あちきは皿が乾いてると妖術が使えないんだよ……」
「どうしていきなり!?」
「…………どっかの誰かさんが、カッパを信じないせいで、たくさん使う羽目になっちゃったからな……」
「…………ごめんなさい」
すこし怒りながら行人をなじる遠野。行人も素直に謝っていたが、それをみて目を光らせるパンダ。

「……これはもしかしての〜ん?」
「やばい……」
行人が振り向いた先には、パンダが口元に手を当てて笑みを浮かべていた。
「ふふふ♪この東の森の主であるパン太郎がお前らを成敗するの〜ん」
そう言うや否や二人めがけて突っ込んでくるパン太郎。

「遠野さんごめん!」
「え?きゃっ!?こらっ、おろせよ!?」
行人はすぐさま背中に背負っていたリュックを下ろし、それを遠野に持たせた。
そして遠野を両腕で抱きかかえ、森の中を全力で走りだす。
「お、おい!?行人なにすんだよ!?」
「今うごけないんだろ!とりあえず川かなんか探すから!」

行人はそう言いながら、足元に注意しつつパン太郎から逃げる。
あちこちに転がっている岩や、ぎゃっぎゃっと鳴いている植物を避けながら走り続ける。
しかし、遠野を抱えているためになかなかスピードが出ない。
それでも行人は必死で逃げようとするが、パン太郎のほうが速かった。
「待ての〜ん!」
パン太郎もよつんばいになりながら全速力で追いかけ、段々と行人に近づいていく。
「行人!もうすぐ後ろまで来てるよ!」
遠野は行人ごしに後ろを見ると、もうすこしで手の届く位置にまでパン太郎が迫ってきていた。


「もう追いつくの〜ん♪」
鼻歌交じりで追いかけてくるパン太郎。そうしてるあいだにもどんどん行人との距離は詰まっていく。
「くそっ!どうすりゃいいんだ!?ってうわっ!?」
「きゃっ!?」
行人が諦めかけたその時。
足もとには木の根っこ。
ひっかかる行人の足。
投げ出される遠野。
その先には、川。

遠野はそのまま頭から川に落ちていく。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

遠野が投げだれた後、行人が転んでいった先は川原。
「いてて、大丈夫?遠野さん……ってあれ!?遠野さんどこ!?」
座り込みながら辺りを見回すが遠野はいない。そのことに気づき慌てる行人だったが、

「ふふん、追いついたのん」
すぐ後ろにはパン太郎。
「なっ!?」
その声に反応して行人がふりむいた先には、パン太郎が高く上げた腕を今にも振りおろそうとしている。
「覚悟するの〜ん♪」
無邪気に笑いながら行人をたたきのめそうとした瞬間。

バチッ!
「の!?」
パン太郎の足元に光が突き刺さる。

その光が飛んできた方向に目をやる行人。その視線の先には遠野が川の中に佇んでいた。
「遠野さん!無事だっ……た……の?」
その姿を目にした行人の声はしりすぼみになっていった。
遠野は川に落ちたため、髪の毛が顔面にへばりつき、まるで幽霊のような風貌になってしまっている。
それだけではなく、いまや行人のトラウマになりつつある河童雷の前兆ともいえる光が
遠野の指だけではなく全身に纏わりついている。それを見て行人は完璧に悟った。
ヤバイ、ヤラレル、と。

「よくも散々あちきらを追いかけ回してくれたね……?」
「と、遠野、さん?お……落ち着こうよ、ね?」
行人はどうにかして宥めようとするが、全く聞く耳をもたない遠野。そうしているあいだにも光はどんどん強くなっていく。
ちなみに遠野が狙っているのはもちろん、パン太郎。
そしてその射線上には行人。
つまり、

「ちょ、ちょっとまっ「喰らえぇ!河童雷ぃ!」」

「のののののののののののののののののののののの!?」
「ぐげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげ!?」

行人も巻き添えを喰うはめになるわけであった。

遠野は顔にへばりついた髪の毛をかきあげながら、腰に手をあて誇らしげに笑っている。
いい仕事しました、とでも言いだしそうだった。
「ふふん、ざまあみろってんだ。このパンダ野郎」
パン太郎のもとに歩いていき、足元に見下ろしながらすっきりした表情で言いはなつ。
「ボ、ボクは……パン…た……ろう…だ……の〜ん」
最後にそううめくとそのまま気を失ってしまったパン太郎。

そして、
「とお…のさ…ん、もうちょ…っとま…わりみ……て」
「あ…………ごめん」
行人もまた生ける屍と化していた。


それからしばらく経ってから行人の痺れはとれたが、パン太郎は依然として痺れたままだった。
なので、遠野と行人は協力してパン太郎を自然へと、海へと帰すことにした。
要は、川に叩き込んだわけである。

「おぼえていろの〜ん!」

ちなみに途中でウーパールーパーも巻き込み、そのまま海に流されていくことになるのだった。

「まったく、あの河童雷ってのを使うときはちゃんとまわりを見てからにしてよ」
「わるいわるい、頭に血がのぼってたもんだからつい……くしゅん!」
「どうしたの、体冷えちゃった?」
「おかしいな?あちきはいつも水の中にいるから風邪なんてひくわけないのに……くしゅん!」
話している最中にもくしゃみをしてしまう遠野。若干鼻水もでている。

「ほら濡れたまんまでいるから。えーとリュックは、っと。あ、あったあった」
行人は遠野と一緒に投げだされてしまったリュックを探すが、それはすぐに見つかった。
幸運なことに川の中には落ちず、川原に放りだされていた。
それを手に取り、中から一枚バスタオルを取り出して遠野に差し出した。
「このタオルで体拭きなよ」
「お、サンキュー」
そう言いながらそれを受け取って、びしょぬれになった体を拭き始める。
最初に髪の毛をぐわしぐわしと拭いたあとに、体を丹念に拭く。

その様子を見て首を傾げる行人。
「………………ん?」
「どうかした?」
訝しがる遠野の体を、目を細めながらじっくりと上から下まで見る、褐色。

行人はいまさらになって気付いた。

遠野は何の準備もせずに川に落ちた。
そして、びしょぬれ。

普通の人だったら必ずやるであろうこと。
それをすっとばしている。
要は。
「もしかして…………遠野さんて、今まで、服着てなかったの?」
「当たり前だよ。カッパが服着てたらおかしいだろ?」

ぶっ!!

「うわっ!?どうしたの!?」
行人は鼻血をあたりにまき散らしながら、倒れていった。慌てて駆け寄った遠野は気を失った行人を介抱する。
しかし、目を覚ました行人は、そのすがたを見てまたもや鼻血を出す。
以下、ひたすらループ。

それからしばらくして行人の顔が青白くなり、鼻血もほとんど出なくなってしまった頃。
ようやく遠野も何が原因かおもいついた。

「行人……、お前カッパの裸見て鼻血出すなんておかしいよ?」
「お、おねがいだから服着てくれない……?鼻血の出し過ぎで死ぬかも……」
遠野の非難する声は聞こえたものの、行人はほっておくと死んでしまいそうなほど弱っていた。
さすがに裸を見せているだけで死なれてはたまらない。
「わ、わかったけど、服なんてもってないよ?」

「リュック…に……はいってるのなら……なんでもいいから…」
言いおわると目をつぶってしまった。
「おい?行人!?行人ぉ!」

行人の体をゆする。しかし目を覚ます気配はなかった。
「嘘だろ!?おい!起きろよ!」
遠野は必死に声をかけるが、身動きすらしなくなってしまった行人。

「行人ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


そして、遠野は叫び、行人の顔を胸に抱え込んだ。