「は〜、暑いですね〜。久しぶりに氷でも食べたいですぅ〜」
片手でうちわを扇ぎながら布団の上で寝っころがっている少女。
帯はほどけ、襦袢はだらしなくはだけていたままだった。
しかし、全く気にしてもいない様子で直そうともしない。
そこに近づく一つの影。

「みちる、南の森まで薬草を採ってきてくれんかのう」
「あれオババ様、まだそんなに薬草は減ってないと思ったんですけど?」
みちるは寝たまま返事をする。起き上がるのも億劫だったのだ。
「ちゃんと起きて聞かぬか。昨日まで嵐じゃったろう。
それで薬草が無事かどうかも確認してもらいたいんじゃよ」

「……もう少し涼しくなってからじゃだめですか?」
明らかに嫌そうな顔で答えるみちる。
「まだ昼にもなってないんじゃから、今のうちに行ったほうが楽じゃぞ」
「そうかもしれませんけど、今だって充分暑いじゃないですか」
「このくらいの気温で暑い暑い言っててどうするんじゃ。
まあよい、この着物を着て行け。ある程度暑さには耐えられるじゃろ」
オババはみちるに着物一式を渡した。
みちるは受け取るが、着物がひんやりしていることに気づき、首を傾げる。

「何ですかこれ?」
「お前の母親が織ったものじゃ。
この前届けに来たんだが、お前はいなかったから預かっておったんじゃよ。
術がかけてあって、今の時期なら一月くらいは効力が持つそうじゃ
ついでに伝言があるぞ。『早く帰ってきて修行をしなさい』とな。
さっさと終わらせればよかろうに」

「う……わかってますよ、冬には帰ろうとは思ってますし」
みちるは受け取った服に着替える。
「お前……あと半年以上も帰らぬつもりか?」
「だって今の季節まだ暑いじゃないですか」
「さっさと修行を終わらしてしまえばいいものを……。
年々外に出なくなりおって、まるでひきこもりではないか。
そのうち他の娘たちから名前を忘れられてしまうぞ」
「な!?そんなことあるわけありません!
オババ様こそ長生きしすぎて自分の名前を忘れてしまうんじゃないですか?」
「なんじゃと!?ワシはまだ百四十八歳じゃぞ、まだまだボケんわ!」
「まだ、って一体どれだけ生きるつもりですか……。
まあいいです、それじゃ南の森に行ってきますね」
着替え終わったみちるは話もそこそこに出かけて行った。

「まったく、言いたいこと言いおってからに」
みちるを玄関で見送った後台所へ行き、茶の用意をし客間へと向かう。
そこには正座して待っている一頭のカピバラがいた。
ところでバラ殿、実際みちるの調子はどうなんじゃ?」
オババは、みちるの専門医でもあるカピバラに茶を出しながら話し始める。
カピバラは受け取った茶を啜りながら、答えた。
「年々体も術も弱くなっているさの。
いっそのことしばらく雪山に帰した方が良いかもしれんさね」
オババも茶を啜りながら何か考えている。
それからしばらくしてオババは口を開く。
「それはワシも考えておる。
修行を終わらしてしまうのが一番なんじゃが、そうするとしばらく医術を教えられなくなってしまうからのう。
後継者はあやつしかおらんし、早く一人前になってもらわんと困る。
まったく、あちらを立てればこちらが立たず、じゃな」

「なんだかんだ言ってみちるのことを心配しとるんさのう」
「…………あやつが最後の代になるかもしれんからな」
「…………そうさね」
それっきり何も喋らなくなってしまう二人。

ドドドドドドドドドドドドドドド

「ん?なんか外が騒がしいな」
家の外へ出るオババ。
「オババ―!たいへんだよ〜〜!!」
そこへ長い髪を大きなリボンで後ろに結んでいる少女が全力でオババの家へと向かってくる。
「どうしたんじゃ、すず」
オババの目には、背中に誰か背負っているすずの姿が映っていた。


「それにしてもこの服結構快適ですね」
普段外に出る時は、いつも日傘をさしているみちる。
しかし今日は服のおかげでさしていなくても平気だった。
籠を片手に歩いていると、前には数人の村娘が楽しそうにお喋りしている。
それを見て手を振りながらあいさつするみちる。
「あ、みなさーんおはようございまーす」
その声に振り返りみちるを見る三人。
「あらおはよう、久しぶりじゃないみちる。日傘ささなくても大丈夫なの?」
巫女服を着ている娘は少し心配した表情をしながらあいさつする。
「お、みちるはん、あいかわらずええ体しとるなぁ。乳もんでもええか?」
みちるの体をじろじろ嘗めまわすように見て、手をわきわきさせている娘。
「おっす、おはよう……………………み、みちる?」
腰に上着を巻いている娘は、みちるの名前をなぜかどもりながら言った。それを聞きじと目になるみちる。


「…………あやねさんとみことさんはいいですけど、りんさん」
一人だけ呼ばれてどきっとするりん。
目は泳ぎまくり、冷汗もだらだら流れている。
生唾を飲み込んだあと、りんはおそるおそる尋ねた。
「な、ど、どうした?」
「…………私の名前忘れてませんでしたか?」
それを聞いてさらに挙動不審になるりん。
あやねに助けを求めようとするも(忘れてるあんたが悪いんでしょ)と言わんばかりの呆れた目つき。
みことのほうには向かず、りんは自力でどうにかしようとする。
「そ、そんなことあるわけないって。み、みちる、だろ?」

「……あってるんですけどなにか釈然としないですぅ。きゃ!?って、みことさんなにしてるんですか!?」
りんに詰め寄っていたみちるはいきなり悲鳴をあげた。
いつのまにかみちるの背後に回って胸を揉みしだいてるみこと。
「ん〜?だってもんでええか?って聞いたら、ええよ、って答えたやんか?
それにしてもしばらく見ないうちにずいぶん成長しとるやないか。あ〜ええ揉みごたえやな〜」
みことはにやにやしながら胸の感触を確かめる。
「そういうこと言ったんじゃありません!はやく手を放してください!やっ…」
体をよじるみちるだったが、みことは全く離れず執拗に胸を揉まれ続けていた。

「…………りん、止めなくていいの?」
生あたたかい眼でみちるとみことを見守るあやねとりん。
りんに止めるよう言うが、あやね自身が止めようとする気力はなかった。
「そしたら今度はあたいがやられちまいそうなんだが……」
りんも次のターゲットにされるのを恐れていて、止める気はさらさら無かった。

「なんでこうなるんですか――――――――――っ!」

その頃砂浜では

行人に声をかけたのは、人間とカッパが合わさったような少女だった。
「に、人間みたいなカメが喋ってる!?」
それを見て行人はかなり混乱していていた。
頭に皿を載せ、甲羅を背負い、褐色の肌をしている二足歩行している生物をなぜかカッパとおもわないほど。
もっともカッパというよりも人間と言ったほうがちかいかもしれない。
「誰が人間みたいなカメだ、というかカメみたいな人間って言うほうが普通だろ。
どっちも違くて、あちきはカッパだよ、カッパ。遠野って名前だ、よろしくな。
てか、頭に皿があるんだから見ればわかるでしょ?」
それを聞いて行人は思わず笑い出す。
「あははは、カッパなんて空想上の生物がいるわけないじゃん」
妖怪や幽霊の類は全く信じていない行人。
遠野は行人の態度にすこし腹を立てる。
「……百歩譲ってあちきがカメだとしても、ふつう喋る?」

そう言われて悩む行人。しばらく考えこんでいたが、
「…………わかった!それ着ぐるみなんだ。そうだよね、そうにきまってる!ほら、そんなの着てると暑いでしょ。
脱ぐの手伝ってあげるよ。ファスナー下してあげるから……ってあれ?どこにあるの?」
行人はそう判断すると、遠野に近づき体のあちこちをさわってファスナーを探す。
しかし、いくら探してもどこにもなかった。
真赤な顔の遠野。次の瞬間、
「や、やめんかー!」
一筋の光が行人目がけて襲いかかる。
「ぐげっ!?」
体に強烈な電流が流れて思わず倒れ込む行人。
「いきなり、お、乙女の肌を触るなんて何考えてるんだよ!?…………あり?大丈夫か?」
少し涙目になり、体を両手で守る遠野。そして、行人の様子に気づく。
「な、なんで、いきなり、電気、が……?」
行人は体が痺れて動けなくなっていた。

それから数分後、行人の体の痺れはとれていた。
「とりあえずまだ名前言ってなかったよね。
ボクは東方院行人っていうんだ、よろしく」
行人は気を取り直し、遠野に自己紹介する。
「さっきは悪かったよ、いきなり触ってくるもんだから、つい河童雷使っちまって」
遠野は頭をかきながら素直に謝る。
「河童雷?なに言ってるのさ。さっきのはスタンガンでも使ったんでしょ?
最近世の中物騒だからね。」
それを聞きしばらく固まる遠野。しかし、気を取り直し話を続ける。
「………………なんかここに流れついた時にこんな恰好になっちまったんだよ。
普段はどこにでもいるカッパだったんだけどさ。
なんかここに来てからすごい妖力が流れ込んでくるから、そのせいだと思うんだ」
遠野はわざと行人の言うことを聞き流し、人間にちかい姿になった事情を話す。

しかし、行人はまじめに聞く様子は全くない。それどころか、少しからかっている様子。
「今度は妖力?さっきから面白いこと言うね。そんなのあるわけないじゃん」
行人は笑いながら話を聞いていたが、その態度に遠野はきれた。
一際低い声になり、ドスもきかせながら喋る。
「…………もう一発河童雷おみまいしてやろうか?
そうすりゃその頑固な頭も軟らかくなるかもしれないよ?」
「またまたそんなこと言っちゃって。スタンガンは体に押し付けないと無理だよ」
そんな遠野の様子を気にすることもなく、呆れ顔になりながら言う行人。
それを見て、遠野の我慢は限界に達した。
そして、こめかみに青筋を立て笑いながら、行人を指さす。
「………………河童雷」
「ぐげぇ!?」
指が光り、その光は稲妻のように行人へ向かっていき直撃した。

それからしばらくの間、砂浜には行人の悲鳴が断続的にあがっていた。

「わ、わかりました、遠野さんは、カッパです」
土下座をする行人。あれからひたすら河童雷を喰らいつづけてすでにぼろぼろだった
「わかったならいいんだよ。ま、それはとりあえず終わりにして飯でも食うか」
とりあえず行人の態度に納得した遠野は、手にもった植物を行人に手渡そうとする。
行人はその植物をみて青ざめる。
「……飯ってもしかしてその手に持っている植物のこと?」

「そうだけど、どうかしたか?」
遠野はいたって平然としながらそれを食べていた。
茎から食べているのだが、先端の花の方は必死に逃げようとしている。
茎の部分を食べ終わった遠野は花の部分を丸かじりする。
口の端から滴り落ちる緑色の液体。
それを見て行人はさらに顔を青ざめる。
「なんかぎゃっぎゃって鳴いているけど食べれるのそれ?」
「ああ、試しに食べてみたがなかなかいけるぞ。毒も持ってないみたいだしな」
そのとき行人の腹からはぐーっと鳴る音。

しばらく悩んでいた行人だったが、意を決して食べることにする。遠野がさしだしていた植物を受け取る。
行人に向かってしゃ――っと威嚇している。それに少しひるんだものの、気を取り直し気合いをいれる。
「……それじゃ、いただきます……」
そして、おそるおそる茎から食べ始める行人。
そして、口に含んだ分を十分に咀嚼してから飲み込む。
「……あれ、結構うまいかも」
「な、うまいだろ?食べると妖力も増えるみたいだしさ」
「そうなの?」
「まぁ普通の人間が食ったって大丈夫。それにどうせ信じないんでしょ?」
「うん、まあね。……うまいけど、花の部分はちょっと……」
そう言いながらも結局、行人は花も全部食べてしまっていた。

満腹になった二人はその後、砂浜の近くの森の中を散策していた。
「そう言えば行人、あちきがいない時女の子みかけなかった?チャイナ服着てるんだけどさ」
「チャイナ服?見かけてないけど、その子探してるの?」
行人が見かけていないことを聞くと落胆してしまう遠野。
「ああ、梅梅って娘。あちきと一緒にボートに乗ってたんだけどさ。
そんとき嵐で投げ出されちまって、はぐれちまったみたいなんだ」

それを聞き、何かひっかかる行人。
「もしかしてあの時のボートに乗ってたのって君たちかな?」
行人は漂流していたときに助けを求めたボートを思いだした。
「ん?……やっぱり行人もあの嵐に飲み込まれてここに来たのか」
「あ、うん。ってことは…………」
「お互いここがどこだかわからないってこと?」
「……そうだね」

少し落ち込みつつも、しばらく森の中を歩き回っている二人。
ところどころにぎゃっぎゃっと叫ぶ植物がいたが、何故か花の部分だけないのがいたりもした。
それは森の中に進んでいくごとに、数が増えてきている。
「…………遠野さん、これってやっぱり何かいるってわけだよね?
あからさまに食べた跡だし」
「まぁでも、もしかしたら人間かもしれないし、悲観することでもないでしょ」
話をしているとき、二人の後ろでパキッという音。
「なんだ?」
それに気づき行人が振り返ると、
「の〜ん!」
一頭のパンダ。

「「パンダ!?」」