日本のどこかに、そこにたどり着いた人しか知らない、地図にも載ってない島がある。
そしてその島はほかの地域とは何かが違う。
動物は大きく丸っこい。動物だけじゃない。植物も異常に大きいものばかりだ。
さらに島の周りには渦潮があり入れないため、ここには人一人と入れないはずだった。

だが、そこには人がいた。
しかもその島には「人」こそいるものの「男性」は一人もいなかった。
島にいた男性は12年前の大津波で外に弾き飛ばされてしまったのだった。

そしてその島には男性がいなくなった。
本来ならそのまま子孫を残せずせいぜい数十年もすれば人は一人もいなくなるはずだった。


本当に偶然、船から落ちて大波に巻き込まれ、漂流した挙句にこの島にたどり着く一人の男性が現れるまでは・・・

ながされて藍蘭島二次創作小説 「ながされて、出会いの島」 

プロローグ

男性が一人もいないという危機的状況に陥った藍蘭島に現れた男性、それが東方院行人だった。
島にいた女性は島の救世主とも言える行人の出現に喜び、そして彼を奪い合った。
一方の行人はというと、いきなりの周りを取り巻く環境の激変に戸惑いながらも少しづつ島に馴染んでいった。
そしてそんな行人を常に支えてきたのが藍蘭島での生活を共にしているすずだった。
彼女のおかげで行人がこの島に馴染み親しむことができたといっても過言ではない。
二人の距離は微妙に縮まったり広がったりしながらも確実に縮まっていった。

そんな感じで数ヶ月の時が流れた。


第1章 「したくって、アプローチ」

今僕はすずと一緒に暮らしている家の近くで物思いにふけている。
朝早く起きて、すずはまだ寝ている。
普段ならこの時間帯は自己を鍛えているはずだけど、たまにはこういうのも新鮮でいいだろうと思う。
そういえば、僕が藍蘭島に来てからどのくらいの距離が経っただろう。
ここにはカレンダーなんてものは無いから正確な日時はわからないけどだいたい半年ってところだろうか。
今思えば本当にいろいろあった。でもそれは辛いことではなかった。
島に住んで馴染むにつれてここでの生活は慣れればすべての事が楽しくなり、
すべての物が何かしら自分に新しいものを与えてくれるという事が分かってきた。
僕はここに来ていろんな物や人、出来事からたくさんのことを教えられた。
今まで日本で暮らしてきたときのモノサシではぜんぜん合わなかった。
それをこの島のすべてがこの島の生活に合うように変えてくれた。
苦労することもあったけどみんな今考えればいいことだった。だから僕はこの島が大好きだ。
島のすべてが大好きだ。特に、何も知らない僕にこの島のことを教えてくれた島の人たちが。
そう、そしてそのなかでもいつも傍にいて支えてくれた、すずが。僕はすずが、すずが―――

「あっ!行人、そんなとこで何やってるの?」
「・・・!?すっすず!?」
「ん?どうしたの行人?」
「いっいや、何でもない」
「・・・ふ〜ん、そう。ならいいけど。」
「うん、大丈夫だから。あ、ご飯でも食べようよ」
「そうだね。じゃあ私先に準備してるから!」

そういいながら小走りで家へ戻っていくすずの後姿を見ながら、
動揺がギリギリばれなかったことにほっとしながらゆっくりと家に戻っていった。
家に戻ると、朝食はもうできていた。いつもと変わらないメニューだが、
僕にとってはこれを食べることが最早日常となったこの島での1日の始まりを合図することであり、
絶対に欠かすことができない。
この島に来てから強く感じるようになった作ってくれるすずと食材への感謝の気持ちを噛みしめながら食べる。
ふとすずと目が合う。
すずがこっちを見続けているので気になって聞く。
「どうしたのすず」
「行人って毎日おいしそうに食べるよね〜」
「ん?そう見える?」
「うん。私も毎日おいしそうに食べてくれると嬉しいよ」
「まあすずの料理は本当においしいからね。食べると自然とそういう顔になるんだよ」
「ほんと?わぁ、ありがとう行人」
そうか、すずの料理を食べている僕はそんな顔をしているのか。
でもすずの料理がおいしいのは本当だし、僕にとってはすずが料理を作ってくれるっていうだけで嬉しい。
さらに最近になって僕は毎日の始まりをこうやって迎えられることにこの上ない喜びを感じるようになった。
これは・・・たぶん僕がすずを・・・

そうやって食べているうちに幸せな朝食タイムは過ぎていった。
いつもは朝食後ちょっとゆっくりしたらすぐにどこかに出かける。

昼食は持っていって向こうで食べるか向こうの家で食べるかだ。
ほかの家に手伝いに行くならそっちで食べることが多いし、どこかに松茸とかを取りに行ったりするなら弁当を持っていく。
そんな毎日の繰り返しだ。今日もちょっとゆっくりしてから今日はどこに行くかな、と考えながら外に出る。
最近は住むのが長くなってきたのに連れてだんだん今日行く場所が分かってきた。今日は・・・海かな?
「すず、今日はどこに行くの?」
「どこだと思う?」
「海・・・かな?」
「うん、当たり!今日はすぐそこまで釣りに行くからね。」
「あれ?じゃあ弁当はどうするの?」
「すぐそこだし、昼になったら一回帰ればいいかなって」
「あっ、そうか。じゃあ今日もがんばろう、すず!」
「うん!」
このようなやり取りは最近特によくするようになった。
最近は農作物とかもやることがなくなってくる時期みたいで、
村に行ってもやることが特に無かったりしてみんなと一緒にどこかに行ったりということや
家事を終えてすずと二人で散歩に行ったりということもある。今日も釣りが早く終われば暇になるんだろう。
そんなことを考えながら竿を持ってすずと一緒に近くの海辺まで行った。

釣りをする場所は家から数分で着く崖だ。
二人とも到着すると腰を下ろして慣れた手つきで準備して早速釣りを始める。
もうここの島来て何度釣りをしただろう。お陰でいつ竿をひけばいいかとか、
どこでどんな魚が釣れるとか、そういうことが大体分かってきた。
今日の場所は比較的いろんな種類の魚が釣れる場所だ。
「よ〜し、今日もいっぱい釣るぞ〜!!」
「今日もやる気いっぱいだね、行人」
「うん。今日は天気もいいし!絶好の釣り日和かな?」
「そうかもね」
そういって僕は青く果てしない海に向け釣竿を振った。

3時間後、魚は予想以上に釣れた。
あんまり釣りすぎても食べれないので食べきれる分の必要最低限をいつもは釣る。
だいたい3匹ぐらいつれればその日の釣りは終わり。
時々村の人にあげたり干物にしたりするためにちょっと多めに釣ることもあるけど大体夕方前には終わる。
でも昼前に終わることなんて無かったし、こんなに釣れたのは初めてだ。
すずもこんなに釣れたのは初めてだという。
それもそのはずだ。いつもは半日から1日かけてせいぜい4〜6匹なのに
今日はたった3時間で二人合わせて7匹も釣れてしまった。
途中でやめるべきだったけどこんなに釣れたのは初めてだったからついつい面白くてどんどん釣ってしまい、
気がついたら7匹も釣っていた。

「どうしよう、これ・・・」
「村の人にあげるにしても、一昨日あげちゃったしねぇ・・・」
「干物にでもする?」
「う〜ん、まだ家に結構あるけどそれしか方法がなさそうだし、それでいいんじゃないかな?」
結局3匹干物にして保存することにした。あとはがんばって食べよう!ということになった。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうだね、ちょっと早いけど」
「昼ごはん食べたらどうする?」
「う〜ん、手伝うことは特にないだろうし、家でゆっくりでもする?」
「そうだね、そういうのもいいかもしれないね」
かなりの大漁だったので僕たちはちょっと早いけど家に帰ることにした。
途中近くの森に寄り道したりして食材を少しだけとってから帰ったので家に帰る頃には丁度昼になっていた。
「ちょうどいいじかんだね」
「そうだね」
「昼、何にする?」

「何でもいいけど・・・すずに任せるよ」
「わかった。じゃあできたら呼ぶね」
「うん」
そういってすずは台所へ魚を持って料理をしに行った。
僕はとりあえず家で修理が必要なところが無いか見回ることにした。
「あっ、ここ・・・修理しなくちゃな」
風呂場がちょっと壊れていたので外に修理するための道具を取りに行く。
途中で台所を通ったときにすずに干物にするために捌かれた魚を受け取ってついでに干しておく。
そして戻って風呂場の修理をする。
壊れているといっても窓枠が古くなってちょっとずれるというちょっとしたものだったので意外と時間はかからなかった。
道具を戻して手を洗うと丁度いいタイミングですずの呼ぶ声が聞こえた。
「行人〜ごはん〜」
「わかった〜」
家に戻って昼食をとる。

「そういえば風呂なおしといたよ」
「ん、ありがと」
「あ、あと丸太ってある?」
「ん〜と、家の裏に1本前のがあったかな〜」
「そうか、ありがとう」
「どうするの?」
「いや、薪にしておこうかなって」
そう言って台所の薪置き場を指差す。
「ほら、結構減ってきたし」
「あ、そうだね」
「じゃあ昼食べたら薪割りして、その後は・・・」
「どうする?」
「う〜ん、昼寝でも・・・する?」
「そうだね、やることないしね」
今日この後どうするかを一通り話し終えたころに昼食も食べ終わり、
食器を洗ってとりあえず薪割りをしていると一人の訪問者がやって来た。

「婿殿、すず、いるか?」
「ん?誰が来たのかな?」
「この声は・・・オババ?」
家の裏で薪割りをしていた行人とすずは何故オババが来たのか不思議に思いながら表に出た。
「おっ・・・いたいた」
「どうしたんですか?」
「どうしたのオババ?」
「いや、ちょっと2人に見せたいものがあっての」
「見せたいもの?」
「とりあえず話は家の中ででもしようじゃないかの」
というわけで家の中。
「で、話って?」
「うむ。2人のためにこれを持ってきてやったんじゃ」
そう言ってオババは1本の小瓶を懐から出して二人の前に置いた。
「「これは・・・?」」
「二人がもっと仲良くなれる秘密の薬じゃ」
「「うわっ怪しっ」」
「何か?」
「「いっいや何でも」」
「そうか・・・ならよい。これを使ってもっと仲良くなるんじゃ。
 使うときは1滴だけ水に溶かせば大丈夫じゃ。強い薬だから決して一度に1滴以上使うんじゃないぞ」
「は、はぁ・・・」
「どうする?行人」
「う〜ん」
僕としてはすずともっと仲良くなれるに越したことは無いけどこういうやり方は正直どうかと思う。
気が引けるしこれはオババには悪いけど封印しようと思っていると
「もし使わなかったらどうなるか、わかってるな?力ずくにならんようせいぜい気をつけるんじゃ。」
と思いっきり釘を刺された。というか力ずくっていろいろな意味で結構デンジャラスだと思う。
「仲はよくなれるし、この島のためにもなるし、まさに一石二鳥じゃ。それじゃあ、がんばるんじゃぞ」
と言って出てってしまった。何とも自由な人だ。
「って、これって」

最後の言葉から推理すると、恐らくそういう系のヤバめの薬なのだろう。
やっぱり封印しておかないと・・・あれ瓶は?
「行人、これ何だかわかる?」
そういってすずは顔の前でオババが持ってきたその薬を顔の前で振ったりしてじっと見ている。
「すっすずこぼすから危ないって」
「あっうん」
そう言ってまた置いたものの結局これをどうするかで悩むことになる。
昼下がり、家で若い男女が小瓶を挟んで真剣に悩んでる、何ともおかしい光景だろう。
「どうしよう・・・」
「悩むなぁ・・・」
「使ってみる?」
「いっ!?いいいいや、やめとこうよ、すず」
「でも仲良くなれるんでしょ?・・・だったら」
そう言ったすずの顔は少しだけ赤かった。
あれ?これってもしかして・・・

「・・・・・・」
「・・・・・・」
もしかしてもしかして・・・
つかそもそもこの場合の「仲良くなれる」って・・・
いや、だめだだめだ。
気持ちは何の助けも借りずに自力で伝えるものだ。
でっでもすずが何とも思ってないことだって、いやそのほうが、でもそれだとさっきのアレが・・・
僕が長い間一緒に暮らしてるうちにすずに好意を抱くようになったのと同じですずだって僕のこととか・・・
うわーっどーすりゃいーんだよ!!
…とっ取り敢えず今はこれをどうするかだよな、なっ。一応聞いたほうがいいよな。
「・・・つ、使うの?」
「へっ?いっいややめとこう・・・よ」
「そぉうだな」
「うん」

そういってすずが瓶を台所に置いた。ふう。これで一安心。
でもこの後どうしよう。かなり話しかけにくいしなぁ・・・
「・・・すず、この後どうする?」
「へにゃ?うっうん、取り敢えず薪片付けようよ」
「あ、そうだな!」
何だか必死で現実から逃げている気がするけど、とりあえず片付けよう、うん。
と思って外に出ると・・・
「あれぇ?」
「何で?」
見事に片付けられていた。オババだろうな、こりゃ。
なんだかきれいに片付けられている外から「仲良くなれ、仲良くなれ」と何度も言われているような気分になってくる。
「片付いてるね・・・綺麗に」
「うん、そうだね・・・」
「どうしよう・・・」

「本当にどうしようね・・・」
「取り敢えず、散歩でもする?」
「そうだね、森でもいこうか」
「うん、それがいいよ。気分転換にもなるし」
取り敢えずこの重たい空気をどうにかしたかった。
いつものようにすずと笑い合いながら話してるのが1番好きだから。
だから近場の森をぶらぶらと歩くことにした。
自然はやっぱり気持ちがいい。鳥のさえずり、草のそよぐ音、いろんな音がリラックスさせてくれる。
カチコチに固まっていた重い空気もそれにつれてだんだん軟くなってくる。
そうすると自然と口数も増え、だんだんといつもの僕、いつものすずにもどっていった。
森を出る頃には完全に2人はいつも通りになっていた。
すずと笑い合いながら話していると不思議な心地よさに包まれることに気がついた。
それはすずも同じだった。
2人っきりでゆっくり歩きながら笑い合って話すことが2人にとって一番幸せな時であり、
1番好きなことだということに気がつかされた。

オババの言う「仲良くなる」はこれだったのかもしれないと思った。
行人は日頃の感謝の気持ちと自分のすずに対する好意を含めて隣にいるすずの手を握った。
これが今の行人にできる最大限のことだった。
すずは最初こそ驚き戸惑ったものの、すぐにやさしく握り返した。
そして2人は見つめ合って微笑みあった。
行人にはいますずといるこの時間がとても幸せだった。
だから僕はずっと手を繋いだまま家まで帰った。
すずもそれを拒む様子はまったく無かったので2人とも思うところは一緒だったのだろう。
それを見て僕は不思議と安堵感に包まれた気がした。

家に着くともう日は沈みかけていた。
ちょっと暑かった気温も下がってそよ風が涼しくて気持ちが良い。
もうそろそろ夕食の時間なのだろう。腹も減ってきていた。
すずが夕食を作るといってくれたのでできるまで待つことにした。

出来るまでの間、僕はちょっとだけ外に出ることにした。
外には海に沈む夕日が見える。見慣れた景色だけど、なぜか今日はいつもより美しく見えた。
一度大きき伸びをして、家に戻るとまだすずが夕食を作っていた。
「あとどれぐらい?」
「えっと、あと魚焼いて味噌汁作れば完成かな」
「そう、じゃあ期待して待ってるよ」
「うん。ありがとう」
そういってるうちに僕は台所にある小瓶が目に付いた。
オババが昼間持ってきたものだった。「仲良くなれる」薬らしいが何とも怪しい。
そもそもどうやって薬で仲良くなるのか。出来るのかな、そんなこと。
ちょっと気になったのでその小瓶をとってみた。
ん?昼間には無かったはずの紙がついている。見てみると
[疲れもとれる。取り敢えず騙されたと思って使ってみろ]
と書いてある。恐らくオババが僕たちがいない間に書いたものだろう。
そこまでして使ってほしいものなのかなぁ・・・?

「あれ?行人、それ何?」
すずも小瓶にあるメモに気がついたようだった。
「ん?ああ、僕たちが散歩してる間に誰かがつけて帰ったんだろうね」
「疲れが取れる・・・?本当かな?」
「いや、信じないほうが良いよ」
「なんで?」
「だってさっきは仲がよくなるっていってただろ?なのに疲れがとれるなんて違う効果が書いてあるなんておかしいよ」
「う〜ん、考えてみればそうだね・・・」
「うん。怪しいから使うのはやめておこうよ」
「そうだね、行人」
そういってすずはまた料理を作り始めた。もう味噌汁だけなので完成までそう時間はかからないだろう。
僕は小瓶をそこに置いて戻った。

その後数分で夕食は出来た。
いつもどおり話しながら夕食を食べる。
これが一番おいしくなる方法だった。
そして夕食を終え、いつもどおりあとは風呂に入って寝るだけ・・・のはずだったのだが。
「何だか・・・」
「苦しい・・・?」
なんだか胸の辺りが締め付けられるような感覚に襲われる。
その感覚が10秒ほどつづくと次に猛烈な眠気が襲ってきた。
「眠い・・・」
「ふにゃ〜」
「あれ?すず・・・」
「何だか眠い〜」
バタッ
「俺も・・・眠い・・・」
バタッ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
さて、二人が眠ってる間に何故こうなったのかを説明しておこう。
うすうす感づいてるだろうが、こうなったのはあのオババの持ってきた薬のせいだ。
あの薬はどのような薬なのかというと強い催眠効果と媚薬効果がある薬なのだ。
え?疲れがとれる?そんな効果はあの薬には無い。
ただ睡眠効果で寝ている間は熟睡できるので飲むと疲れがとれるというのは2次的な効果ではあるかもしれない。
・・・話を戻そう。
あの薬は飲むとちょっとの間潜伏した後胸を締め付けるような苦しさがでてやがて強力な睡眠効果で眠ってしまう。
そして眠ると今度は強力な媚薬効果がじわじわとあらわれはじめる。
普通なら起きる頃には正気を保てないほどになる。効果は量が多くなるほど睡眠効果は短くなり、媚薬効果は強くなる。
もともとかなり強力な薬なので使うときは1杯ほどの量で十二分だ。
それ以上つかうと逆に歯止めが利かなくなって危なくなる。
すずたちは・・・間違って料理に使ってしまったのだろう、適量の何倍もの量を使ってしまったようだ。
普通催眠効果は1〜2時間続くはずだが今回は10分程度しか続いていない。
これはこの後が相当大変になるだろう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ん・・・」
「あれ・・・?」
しばらくして目が覚めた。
起きてみると体がちょっと軽くなった気がする。
まさか本当に「疲れがとれる」薬だったのか・・・?
横にいるすずも不思議そうな顔をしている。
「なんだったんだろうね・・・」
「ホント、なんだったんだろうね」
取り敢えず、この後はもう風呂に入って寝るだけだ。今日は疲れているのかもしれない。
早く寝よう。そう思って立ち上がろうとしたときだった。
「・・・っ!!」
一瞬だが、体がビクンとはねるような感覚に襲われた。
「どうしたの?」
「いや・・・なんでもない、大丈夫だよ」
「そう・・・・っ!!」

すずも同じことが起きたのだろう。
その後も立て続けに2、3度全身が痺れるような感覚に襲われるうちに、だんだん体が熱くなっていくのが分かった。
痺れる感覚は相変わらず続いている。
でもだんだん体の火照りがそれを追い越すようになって痺れる感覚をも打ち消していった。
最後に1度とどめを刺すようにビクンと強烈な痺れが襲うとその後は痺れを一切感じなくなった。
そしてその代わりに体がどんどん熱を持っていくようになった。
全身が火照る。こんな感覚は今まで1度も無いのでどうしたら良いか分からない。分からないけど・・・
「い、行人大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
何だかすずと顔を合わせちゃいけない気がする。すずを見ると何だか体の火照りがさらに進んでいってしまう。
だからすずに近づいちゃいけない。いけないはずなのに体が勝手に動いてしまう。
もう頭で体を抑えることが出来なくなってきている。
これもあの薬の効果何だろう。このままいくと僕たちはどうなってしまうんだろう・・・
「・・・ね、ねえ、行人」
「うっわっ!なっなに?」
「行人、さっきからすごい苦しそうだけど・・・大丈夫?」
「すっすずこそ大丈夫?」
「私は・・・もう・・・かなり・・・さっきから・・・苦しくて」
「あ、やっぱりすずも?」
「う、うん・・・」

そうだ、すずもさっきから同じ目にあってるんだ。僕が弱音を吐いていてどうするんだ。
男は女を守るものなんだ。どうにかしてすずだけでもこの状態から開放してあげないと!
そう思った僕は、火照る全身と格闘しながらもどうすれば良いか必死に考えていた。
しばらく考えて、昔どこかで聞いた「苦しいときには背中をさすれ」という言葉を思い出した。
背中をさすられると何だかほわーとした気持ちになってだんだん苦しさが和らいでいく。
これならいける、と行人は思った。
「すず、ちょっといい?」
「…っん?どうし・・・たの?」
「うん、ちょっと背中向けて」
「えっ・・・?うん」
すずが背中を向けると僕は昔どうやってたかを思い出しながらすずの背中をゆっくりとさすろうと手をのばした。
「ひゃあ!!」
「うわっ・・・!!・・・すず、大丈夫!?」
いきなり背中を触られてびっくりしたんだろう。でもこうするしかない。
「うん、いきなりだったからちょっとびっくりしたけど、大丈夫・・・」
「そう、じゃあ続けるね」
「うん、お願い・・・」
さすってるうちに何だかこっちが変な気分になってきた。
すずと触れてる手の部分からいろいろな感覚が伝わってきて、それが増幅されて確実に僕を蝕んでいくのが分かる。
でもここであきらめちゃいけない。すずだけでもこの苦しみから解放されるために―

5分後、そこにはいい感じに出来上がってきた2人がいた。

「おかしいね・・・苦しさが・・・和らぐはずなのに・・・」
「いつもと・・・何か違うのかな・・・」
「何でだろう・・・なんだか逆にもっと火照ってきちゃった気がする・・・」
「そうだね・・・行人」
さするのは逆効果だった。
さすってる途中はこっちがどんどん火照っていったので僕がすずの苦しさをとれてるのかと思ったけどそんなことなかった。
さするのをいったんやめて大丈夫か聞こうとしたらすずはもう体中真っ赤になっていた。
「どうしようか・・・これ・・・」
「何だか・・・限界かも・・・行人・・・」
「げ、限界・・・?」
「うん。何だか・・・変な気分になってきて・・・」
変な気分。これは僕も同じだった。
いつもは感じない小さなことでもそれが何倍にも感じられてしまう。
すずと触れ合っただけで火照ってた全身がさらに火照る。
すずからするいい香りが僕を刺激する。
すずの全部が今の僕にこれ以上ない刺激を与えていた。

「すず・・・僕も・・・もう・・・」
「うん・・・行人・・・」
もうこれ以上は続かなかった。
僕の頭にも薬が回ってきて今までのように接することが出来ないほどになっていた。
いますぐすずに抱きつきたい。
そんな思いばっかりが僕の頭の中を駆け巡っていた。
その後のことは頭に無い。考える余裕さえなかった。

トンッ
ふと、自分の肩に何かが当たった。
見るとそれはすずだった。
すずも限界を通り越したらしい。
もう我慢できませんという表情で必死に僕に体を預けでいた。たぶんすずも抱きつきたいんだろう。
でもそんなことをしたら嫌われるかもしれない。
でも抱きつかないと体がおかしくなってしまう。僕もすずもそう思っている。そう思いたい。
だから僕は必死に食いしばってるすずに向かって聞いた。
「すず・・・抱きついて、いい・・・?」
「へっ・・・?・・・・・・う、うん」
一瞬僕の聞いていることの意味が分からなかったのだろう。

自分でもすずのほうからこういわれれば一瞬だけど思考がフリーズする。
でもそれが終わったとき、その質問が自分のしたかったことをしていいということをあらわすものならば僕はうれしくなる。
すずだってそうだった。2人とも思いっきり抱きつきたかった。
だから、その言葉で1つめのタカが切れた。
僕もすずもお互いを思いっきり抱きしめあった。これ以上ないぐらいに。
抱きつけば体が触れ合う。それさえ気持ちよかった。
近づいたことによってもっと香ってくるすずのにおい。オンナノコのにおい。それが僕の頭に猛攻をかけてくる。
顔だって真横にある。頬が触れ合っていて、そこを中心に体中が火照っているのが分かる。
でも薬と互いへの想いに蝕まれ侵されていた2人はやっぱりそれだけじゃ満足できなかった。

だからかもしれない。それは唐突に起きた。
抱きついたまま、これ以上コトをしたい、でもしたら今までの関係が白紙になってしまうかもしれない、
という葛藤に打ちひしがれていた僕にとってそれはまさに救い舟だったのかもしれない。
それは、すずからだった。
「行人・・・」
「何・・・?」
「・・・私のこと・・・・・・好き?」

唐突だった。でもこれが一番良い方法だとはよく分かっていた。
これで了承さえ得られれば2人の関係は一気に何ステップも上るのだから。
だから僕はこの唐突な質問にも全然動じなかった。むしろ嬉しかった。
僕が聞けなかったことを勇気を出して聞いてくれたすずに対して感謝の気持ちもあった。
反面、いえなかった僕への自責の気持ちもあったけど。
でも答えは言う前から決まってる。こういうときには早めに答えてあげるのが良いと思う。
いつまでも答えてくれないなんて、そんなのは耐えられない、僕はそう思う。
だから僕は答えた。
「・・・うん。すずのこと、好きだよ。」
「ほんと・・・?1番・・・好き?」
「うん。すずのことが1番好き。」
「・・・ありがとう、行人。私も、行人のこと、好きだよ」
「うん・・・ありがと、すず」
「行人・・・」
これで僕たちを隔てるものが何一つと無くなった。
隔てるものがなくなったのだから、僕たちが遠慮をする必要さえなくなった。
それでもまだまだ遠慮がちなのは僕たちがまだまだそういうのに慣れていないからだろう。
「ねぇ・・・すず」
「・・・何?」
僕はこの言葉を言うのにかなり躊躇した。
もしこれが原因ですずを怒らせてしまえばせっかく好きだといってくれたすずに悪い。
でも欲と互いへの思いだけが支配するこの空間ならばそれでさえ許されると思った。
「・・・いっしょに、なろう」

「・・・・・・うん」

それが頭の残っていた僕たちの最期だった。
その言葉によって鍵が開き、迷路が解けたように僕たちは2つめのタカが外れて欲というものに溶けていった。
今までずっと溜め込んでいた想い、それが薬による増幅を伴って解放された。
だからそのときの僕たちの欲は並大抵のものとは程遠かった。

「すず・・・」
「行人・・・」
「好き・・・」
「私も・・・」
最早単語だけのキャッチボールでも長くは続かない。
自分の思ってる本当のことだけが短く短縮されて出てくるこの空間に、まどろっこしさやはがゆさというものは無かった。
己に忠実に、行動する。それは欲に従うのと同じだった。
「んっ・・・はむ・・・ふぅっ・・・・・・」
「・・・っ・・・ん・・・う・・・あっ・・・」
「い・・・行人・・・はあぁ・・・む・・・・・・」
「すず・・・うぁ・・・んくっ・・・・」

僕たちは最早獣のようにお互いの口内を求め合った。
口の中で混ざりに混ざったお互いの唾液がピチャクチャといやらしい音を立て、それが僕たちを更に興奮させる。
情けなく垂れ下がった僕たちの口端からは僕たちの唾液が混ざったものがたらりと零れている。
しばらく僕たちの熱い口付けは続いた。
流石に息苦しくなって僕たちが口を離すと僕たちの口をどちらとも分からないほど混ざり合った唾液が繋ぎとめた。
そしてそれは床に落ちて丸いシミを作った。
僕たちはそれを見て少し恥ずかしそうに微笑み合うともう一度軽い口づけをした。